登場人物の“ありのまま”に 寄り添う物語 寺地はるな『ミナトホテルの裏庭には』

レビュー

6
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

([て]3-2)ミナトホテルの裏庭には

『([て]3-2)ミナトホテルの裏庭には』

著者
寺地 はるな [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591158258
発売日
2018/01/31
価格
713円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

登場人物の“ありのまま”に 寄り添う物語

[レビュアー] 吉田伸子(書評家)

 あぁ、もう、好きなところしかない!
 そんなふうに思える物語はめったにないのだけど、本書はまさに、そんな一冊だ。初めて読み終えた時は、好きすぎるあまり、しばらくぽぉ~っとしてしまったほどだ。

 本名は芯輔というのだけれど、「周囲の人間の誰ひとり、名付けた両親ですら『長い』という理由」から、芯、と呼ばれている、木山芯輔が本書の主人公。「ミナトビル」に住む湊篤彦を訪ねるべし、という祖父の頼みで、芯は、正式には「ミナトビル」だけど、その存在を知っている人からは「ミナトホテル」と呼ばれている建物を訪う。と、階段から転げ落ちてきた男が一人。その男こそが湊篤彦であり、居合わせた芯は、行きがかり上救急車を呼び、同乗する。
 篤彦の足は全治三ヶ月の骨折だったため、芯は本来の目的――篤彦の母・陽子の一周忌をホテルの裏庭で開くため、その裏庭に通じるドアの鍵を、陽子の部屋から捜すこと――を篤彦の手伝いなしに行うことに。加えて、ホテルを「脱走」した篤彦の飼い猫「平田カラメル」の捜索とホテルの受付業務の手伝いまで引き受けることになった芯は、本業の職場(芯はミヤムラ総合経営研究所に社員として勤めている)とミナトホテルと自宅を行き来することに。
 陽子と、芯の祖父・覚次郎は中学の同級生であり、同じく同級生だった美千代、福田とともに、「互助会」を作っていたのだが、陽子は一年前に心臓を悪くして亡くなっていた。もうすぐ一周忌というタイミングで、陽子の部屋で見つけた覚次郎宛の封筒を篤彦が送ってきたことが、そもそもの始まりで、その封筒の中に、生前、陽子が書いた「我儘書道」が入っていたのだ。「私のお葬式は、裏庭でやる」。
 ちょっと待って、と思いませんか。互助会って何? 我儘書道って何? と。そして、そう思ったら、もうあなたはこの物語を読まずにはいられなくなるはずで、そして、その内容を知ったら、ますます読みたくなるはず。このことは、本書のごく頭の方に出てくるので、明らかにしてしまいますが、知りたくない方は、二段落飛ばしてお読みください。
 互助会といっても、メンバーは陽子と美千代、覚次郎と福田の四人のみ。「我儘を言い合い、聞き合う」のが目的の会だ。「大人になると我儘を言う機会が減るからね」というのは覚次郎の弁で、三十年くらい前に発足したのだという。「会員の我儘には全員でつきあわなければならない」ため、「洗面器ほどもある器に入ったパフェーを食べたり、社交ダンスの体験教室に参加したりした」。
 我儘書道というのは、これまた互助会の活動の一環で、書道教室を開いている美千代の家で行われる、「内なる我儘を解き放つための書」のことだ。「柿ピーの、ピーだけ食いたい」と書いたのは覚次郎で、「洗濯物を畳みたくない」というのが美千代の書だ。
 ね、どうですか、こんな互助会、あったら素敵じゃないですか。その活動内容もさりながら、それを支え合うのが“十分にいい年をした大人”というところが、たまらなくいい。墨痕鮮やかに書かれた美千代の書の、その言葉を思い浮かべると、思わず笑ってしまう。何よりも、中学時代から育んできた彼らの友情に、思わず胸が熱くなる。
 と、これはでも、本書のほんの出だしのディテイルでしかない。ディテイルでしかないのだけれど、一つ一つが、好きとしか言いようがない。本書がデビュー二作目だというのが、信じられないくらいだ。
 寺地さんのデビュー作『ビオレタ』は、書評子から絶賛されたばかりか、作家の村山由佳さんからも「このひとだけの世界が持つ吸引力に、読み始めてすぐ、周りの音が聞こえなくなった」と賛辞を贈られたほどの作品で、刊行時に注目を集めた。私は『ビオレタ』を読んだ時に、あ、と思ったのだけど、その、あ、というのが、なんの「あ」なのか、自分で言い表す言葉を見つけあぐねていた。その答えは、今なら言える。「あ、風……」そう思ったのだ。この物語の中には、私の好きな風が吹いてる、と。
 寺地さんが描くのは、普通の人々だ。普通だから、ちょっとイケていなかったり、ちょっと心配だったり。それは『ビオレタ』の妙だって、本書の芯だって、『月のぶどう』の歩だって、『みちづれはいても、ひとり』の楓だって。でも、そんな彼らを寺地さんはどうこうしようとはしない。あるがままで、彼らなりに歩んでいくその時間を愛おしむ。彼らの、そのままのあり方を、そっと見守る。だから、読んでいる私たちも、自然に彼らに、その不器用な生き方に、寄り添える。だから、だから、彼らが大事なことに気付いた時、私たちもまた同時に気付けるのだ。そこが本当に素晴らしい。
 本書をこれから読む人にも、本書が特別な一冊になりますように。

ポプラ社
2018年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加