南部奴隷の脱出劇を迫力満点に描く、米文学賞総なめの話題作
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
米国で主要な文学賞を総なめ、日本でも今後、Twitter文学賞、日本翻訳大賞、本屋大賞翻訳小説部門などで、上位、ひょっとしたら受賞に至るだろう、話題作である。
ここ数年、南北(戦争)の対立を構図、またはモチーフに、米国の長い断絶を浮彫りにする小説が急に増えている。邦訳書では、エル=アッカドの『アメリカン・ウォー』、女性が南北戦争の兵士となるハントの『ネバーホーム』などなど。この潮流はトランプを大統領に押しあげた背景と深い関わりがある。
『地下鉄道』も南北戦争より数十年前の、奴隷制度の敷かれた南部を舞台に幕開けし、ヒロインの北部への脱出を描く「南北小説」のひとつだ。
「地下鉄道」とは南部奴隷を北部へ逃がす、実在した地下組織の暗号だが、本作中では、実際の地下通路として描かれている。ジョージア州のプランテーションで働く五人の子持ちの「アジャリー」の物語に始まり、子のなかで唯一生き延びた「メイベル」の逃亡が、前段として描かれる。
メイベルの娘「コーラ」は親を失って以来、雇用側の暴力とレイプに耐えて生きてきたが、あるとき、仲間に北部への脱走を誘われ、決行。メイベルを取り逃がして復讐に燃える奴隷狩り人「リッジウェイ」と手下に執拗に追われることになった。コーラを新たなディストピアが待ち受ける。
凄惨な虐待と反逆、仁義なきチェイスが、一切無駄のないドライな文体で、ときにカリカチュア化されて描かれ、そのことで物語の凄みとテーマの重みがいっそう増す。この点では、韓国作家・姜英淑(カンヨンスク)による、脱北少女が自由国を目指すピカレスクロマンの傑作『リナ』を髣髴させた。
作者の時間操作はじつに巧みで、レイプでも殺害でも直截には書かず、いったん時間を飛ばして、後の描写から読み手に想像させたりする。人物の意外な正体、思いもよらぬ運命……抜群の技量だ。小説家による翻訳もすばらしい。