成熟度を増したシリーズ第二弾! 父子の絆が繋ぐ、“技”の伝承を見逃すな。

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

父子ゆえ 摺師安次郎人情暦

『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』

著者
梶 よう子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413176
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

成熟度を増したシリーズ第二弾! 父子の絆が繋ぐ、“技”の伝承を見逃すな。

[レビュアー] 菊池仁(文芸評論家)

 待ちに待った「摺師安次郎人情暦」の第二弾『父子ゆえ』が刊行された。二〇一〇年に『いろあわせ』(単行本)が刊行された時、度肝を抜かれた。松本清張賞を受賞した『一朝の夢』(二〇〇八年)も『みちのく忠臣蔵』(二〇〇九年)も着眼の鋭さ、面白さ、人物造形の確かさ、起伏に富んだストーリーのうまさ等、とても新人とは思えない力量は感じられた。

 しかし、三作目にあたる『いろあわせ』には、それを超える新鮮さがあった。その理由は“技”にこだわった職人ものだったからである。

 時代小説に最適な題材であり、効果的な舞台となるのは“職業”である。なかでも時代小説ならではの味わい深さを持っているのは“職人もの”であるのは間違いない。ただし、“職人もの”を読む価値があり、かつ面白い読物とするためには二つの要件を満たしていなければならない。第一は、現代人の生活感覚では理解できない珍らしい職種であったり、現在まで連綿と続く職人の“技”の源流を見出すことができること。要するに“職人芸”は時代を映す鏡であり、そのユニークさをフィルターとすることで、独特な小説空間の創出が可能になるわけで、これがきちんと表現できていること。

 第二は、主人公の職人の人物造形に生きる知恵と哲学が刻まれており、それと“技”が融合することで、濃密な人間ドラマが織り込まれていること。

『いろあわせ』はこの二つの要件を充分に満たした数少ない作品であった。現在の“職人もの”にインパクトを与えるものとして期待していたわけである。

 第二弾『父子ゆえ』を読んで、作者の着眼の鋭さと、筆の冴えに喝采を挙げたくなった。シリーズものの命運を握っているのは巻数を追うごとに成熟度を増しているかどうかである。本書は間違いなく格段に成熟した内容となっている。

 主人公・安次郎は、女房のお初に先立たれて五年、子の信太をお初の実家に預け、一流の職人として様々な浮世絵を摺ってきた。その仕事の秀逸さと正確さから、喰いっぱぐれの心配がないほどの腕を持っているというので、ついた渾名は“おまんまの安”。寡黙ながら、実直で練達というのが人物造形の特徴。従来、出番の少なかった摺師に着眼し、その“技”を細密画を見るような筆致で再現していること。さらにその“技”を登場人物が内奥にかかえこんでいる喜怒哀楽とクロスさせて、濃密な人間ドラマを仕立てたところが、本シリーズのコアとなっている。

 これはすでに前作『いろあわせ』で実証されているわけだが、本書では、第一話「あとずり」、第二話「色落ち」、第三話「見当ちがい」の三話でこの手法を踏襲。第四話「独楽回し」、第五話「腕競べ」では、題名が摺りに関係する語でなくなったことが示すとおり、安次郎と信太父子の心の交流に重点を移している。例えば、第二話「色落ち」に絶品ともいえる場面が出てくる。

《足りないものを数えてもなにも変わらない。/お初もふた親も兄妹も、ちゃんとおれの彩りの中にいる。たぶん、叔父もだ。/なぜ、そんな簡単なことを忘れていたのだろう。/一番明るく温かい色をしているのが信太であれば、それで十分だ。》

 この場面の直前に「色落ち」を暗示するエピソードがあり、その受けとなっている。つまり、安次郎が「色落ち」の技法から、家族や信太の存在に新たな思いを抱く様子を“色”を媒介として描いたのである。摺りの技法がそのまま人生の機微にみ込んでいく場面で、親としての覚悟と、摺師としての矜恃が融合した見事な場面である。

 前作では底流となっていたテーマを浮上させ、摺師という職業の持つ精神の連続性をテコとして描いていこうという意図を窺うことができる。さらに、ここには父子家庭のありようと、“技”の伝承という今日的なテーマが内在していることを忘れてはならない。

 特筆すべき出来映えとなっているのが、第三話「見当ちがい」である。『迷子石』に出てくる富山藩の“おまけ絵”についての記述や、『ヨイ豊』、『北斎まんだら』等の作品で、作者の江戸絵画についての造詣の深さと、それを独自の手法で作品化していく力量は証明済みだが、それにしてもこれはうまい。「見当ちがい」という特殊な“技”をモチーフに、一流のプロのぶつかり合いをディテールに富んだ筆致で描き、沸騰点へもっていく展開は凄いの一言につきる。

 もう一点ある。広重、国貞など実在の人物を登場させることで、彼らの個性と、虚構の人物のもつ個性が同じ時間と空間を共有し、興趣を盛り上げる手法をとっていることだ。つまり、実在と虚構の境目が見えにくくなり、迫真のドラマとなっている。

 これが本来の“職人もの”の持つ面白さなのである。もう、第三弾が待ち遠しい。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

  • このエントリーをはてなブックマークに追加