優しさも悪意もそれぞれのハンドメイド ――岡崎琢磨『春待ち雑貨店 ぷらんたん』

レビュー

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春待ち雑貨店ぷらんたん

『春待ち雑貨店ぷらんたん』

著者
岡崎, 琢磨, 1986-
出版社
新潮社
ISBN
9784103515111
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

優しさも悪意もそれぞれのハンドメイド

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 なにが正解なのか判らない。
 本書を読んでそう感じた。
 そんな一冊なのである。

 とまあ些か思わせぶりな書き出しにしたが、ご安心を。謎はしっかりと解かれる。いわゆる“日常の謎”や、あるいはそれより少しビターでダークな悪意のこもった謎が四つ提示され、手掛かりに基づく推理で真相が解明される。著者のその手つきは、十分に上質なミステリ作家のそれだ。

 岡崎琢磨は、二〇一二年に『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』でデビューした。京都の喫茶店を舞台に、バリスタの若い女性が謎を解いていく連作短篇ミステリであった。同書は『このミステリーがすごい!』大賞の最終候補作だったが、大賞受賞作ではない。優秀賞ですらない。“隠し玉”――将来性を感じた作品を、著者と協議のうえ全面的に改稿し、編集部推薦として刊行する――という制度によるデビューだった。そんなかたちでこの世に生を享けたこの本は、驚くなかれ、圧倒的な人気を博したのである。ほとんど広告を打たなかったのに半年ほどで五〇万部も売れた。早々に続篇も決まり、デビュー一年後には、第二弾とあわせて一〇〇万部の大ヒットとなるほど読者に愛されたのである。さらなる続篇も書かれて、このシリーズは現在、長篇を含めて第五弾までが発表されている。“隠し玉”が、それほどの人気シリーズに化けたのだ。

 岡崎琢磨は珈琲店以外にも、ホテル、シェアハウスなどを舞台に、人の心の機微と謎解きをブレンドしたミステリを発表してきた。そして今回、新作『春待ち雑貨店 ぷらんたん』において、京都御苑の近くにある小さなハンドメイドアクセサリーショップを謎解きの舞台に設定したのである。

 第一話では、『ぷらんたん』店主である北川巴瑠にイヤリングの特注の依頼メールが届く。その依頼内容が少々奇妙だった。とんぼ玉のイヤリングの三色のバリエーションを、それぞれ片方だけ売って欲しいというのだ……。

 日常の謎としてなかなかに魅力的だし、真相も十分に意外だが、第一話で最も重要視されているのは、謎そのものではない。巴瑠という三十歳の女性のこれまでの苦悩を語り、一誠という男性のプロポーズを受けて揺れる姿を描き、そこにイヤリングの依頼主の“動機”を寄り添わせて、巴瑠の心を、巴瑠の考え方を、読者に伝えるという、自己紹介の役割を担った一篇なのだ。とはいえ、巴瑠には後述する特徴があるだけに、これだけでずっしりと読ませてしまう。

 第二話では、常連客である未久という大学生の遠距離恋愛に関する悩みを巴瑠が解きほぐす様を、未久の視点を中心に綴る。彼氏の言動や、奇妙なメッセージが刻まれたプレゼントから、彼氏の真意を見抜くのだ。暗号解読の趣向も愉しめるし、真相を未久に伝える際の巴瑠と一誠の連携も素敵だ。

 一誠の友人の“彼女が抱かせてくれない”という悩みが謎解きの対象となる第三話では、巴瑠が浮き彫りにした信じがたい“悪意”に、読者は憤りを強く覚えることだろう。

 そして最終話。『ぷらんたん』が存亡の危機に陥るなか、また新たな悪意が描かれる。他人の心を踏みにじる身勝手な悪意だ。巴瑠の推理によってそれが暴かれるのだが、その後の展開は、苦々しくはあるものの精一杯痛快で、その更に先には予想外の顛末が待ち受けている。結果として、不快な読後感は抱かずに本を読み終えることが出来るのだ。有
難い。

 これら四つの物語の背後にあるのが、そう、巴瑠の抱えた特徴である。第一話で明かされるように、巴瑠の性染色体は通常と異なっており、子をなすことが出来ない。そんな彼女の敏感さを無神経に刺激するような言葉や謎に、本書で巴瑠は向き合うのだ。それだけに本書を読んで思う。自分なら巴瑠とどう接するか。どう接するのが“正解”なのか。正解は判らない。それでも、この四篇を読み、巴瑠の、優しく、誠実で、嫉妬深く、脆く、そして強い心を知れば、それは、他者を傷つける無神経さからの脱却の第一歩となる。本書では、それを穏やかな謎解きの愉しみとともに、手作りアクセサリーの温もりとともに得られるのだ。貴重な一冊である。

新潮社 波
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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