『白百』 原研哉著

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白百

『白百』

著者
原 研哉 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784120050367
発売日
2018/01/10
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『白百』 原研哉著

[レビュアー] 伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

デザインの本質に迫る

 電車の中で数ページ読んで、うっかり落涙してしまった。小説ではない。無印良品のアートディレクションなどで知られるデザイナー原研哉による、「白」をめぐる百編のエッセイだ。研ぎ澄まされた筆の力、それによって導かれる感性の動き。心が快感に震え、冴(さ)えた幸福感に満たされる。理知的なのに大らかで温かい。

 たとえば紙の白さ。汚れやすく傷みやすいそのまっさらな緊張感が、いかに人間の創造意欲を刺激し、何かを成し遂げようとする情動を掻(か)き立ててきたか。逆にチョークの白さも忘れてはいけない。数学者が黒板を愛用するのは、考える速度で数式を書きつけていくチョークの運動が、数を扱う頭脳の働きを刺激し、促すからだろうと著者は言う。あるいは子供の頃に、傷口を保護するために用いられたガーゼ。黄色い化膿(かのう)止めが染み出すさまに、手当てされているという安堵(あんど)感が広がる。近年の怪我(けが)を未然に避ける風潮や高機能な絆創膏(ばんそうこう)の登場で、影を潜めつつある「白」だ。

 興味深いのは、語られるのは必ずしも白いものばかりではないことだ。「正方形」「小数点」「わたし」など、白くないもの、それどころか実体のないものまで登場する。著者は、白を単なる色の属性を超えたものと見る。白は「輝き」であり、「混沌(こんとん)を背景に何かが鮮明に立ち現れてくる様相」だ。それは「かたちをなす意志」に他ならず、つまりは著者の本業である「デザイン」に通じる。雑音に満ちた複雑な環境を観察し、それを改変することによって、人々の認識をハッと目覚めさせる営み。著者は白を反芻(はんすう)しながら、デザインの本質に迫っていく。

 私が流した涙にも色があったのかもしれない。主観で言えば、嬉(うれ)し泣きは橙(だいだい)色、悔し泣きは鈍(にび)色、悲しくて泣くのは深緑。感性が開かれる愉楽、ただそれだけで、こんなにも生きる力のようなものが湧いてくるものか。本書が心に降らせる涙は、まばゆく光る白だ。

 ◇はら・けんや=1958年生まれ。グラフィックデザイナー、武蔵野美大教授。著書に『デザインのデザイン』。

 中央公論新社 1900円

読売新聞
2018年2月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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