【聞きたい。】酒井充子さん 『台湾人生 かつて日本人だった人たちを訪ねて』
[文] 産経新聞社
■混然一体、複雑な心情にじむ
初めての台湾旅行で九●(きゅうふん)を訪れたとき、お年寄りから日本語で話しかけられたのをきっかけに、台湾の魅力にはまって20年。すでに訪台は50回を数える。「豊かな自然があって、多様な民族がいて、複雑な歴史があって、それらが混然一体となって人々の懐の深さにつながっている。簡単に答えが出るようなものではないですね」とほほ笑む。
ドキュメンタリー作家として、これまでに4本の映画で台湾を見つめてきた。その最初の作品が、日本語教育を受けた世代へのインタビューで構成した平成21年公開の「台湾人生」で、翌22年には、映画に収まりきらなかった声も拾って単行本を出版した。
「昨年、新作の『台湾萬歳(ばんざい)』が公開されるのに合わせて『台湾人生』の本が売れないかと思ったら、在庫はほぼないし、増刷の予定もないという。文庫化を模索していたところ、光文社さんから快く出していただけることになったんです」
例えば日本軍の志願兵だった蕭(しょう)錦文さんは、「僕たちは日本に捨てられた」と恨み節ながら、何曲も軍歌を口ずさむ。彼らの日本に対する複雑な心情が行間からにじみ出て、胸に迫る。
主だった5人のうち、もはや4人は鬼籍に入っているが、「いなくなった人が残した声というよりは、今も続いていることとして受け止めてもらえたら。決して過去の終わったことではないんです」と訴える。
その後、東日本大震災で多大な支援が寄せられたことなどから、日本人の台湾に対する意識は変わってきたと感じる。台湾を旅する若い人も増えたが、もう一歩踏み込んで理解してほしいという思いは強い。
「台湾には日本に近しい気持ちを持っている人が多いのは事実です。でも親日という2文字でくくれない部分も知っておく必要があるんじゃないか。この時期だからこそ、もう一度、台湾のおじいちゃん、おばあちゃんの声を届ける意味があると思っています」(光文社知恵の森文庫・740円+税)
藤井克郎
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【プロフィル】酒井充子
さかい・あつこ 昭和44年、山口県生まれ。慶応大卒。北海道新聞の記者などを経て映画の世界へ。
●=にんべんに分