インド系英国人作家が東欧を舞台に描く2部構成の長篇
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
イギリスに生まれ現在はインドに住む、インド系イギリス人作家の東欧を舞台にした長篇は、人は想像力によって自由になり、どこまでもはばたいていけることを示す。
本のタイトルは独唱、もしくは独奏をあらわし、第一楽章(前半)は「人生」、第二楽章(後半)は「白昼夢」と名づけられている。
第一楽章の主人公ウルリッヒはもうすぐ百歳になる盲目の老人。ブルガリアの首都ソフィアのアパートで、隣人の善意に支えられてひとり暮らす。食べるものにも事欠くウルリッヒは、過去の思い出の中に生きている。ダムで水没した町に連れて来られた老人が埋もれているかもしれない異物を見つけようとするかのように、自分の人生を丹念に辿り直している。
二十世紀のブルガリアを生きることは、すなわち歴史に翻弄されて生きることだ。独立と世界大戦、共産主義国家の成立とその崩壊。好きな音楽の道に進むことを許されなかったウルリッヒは、化学者になるべくドイツに留学するが、家の破産で帰国を余儀なくされる。父も母も、失意のうちに亡くなり、ウルリッヒも、愛した女性とは結ばれず、結婚した相手とは離婚して、ひとり息子とも生き別れたままだ。
現代ブルガリア史を駆け足で辿る、いささか沈鬱な第一楽章が終わると、がらりとトーンが変わって派手派手しく第二楽章が始まる。ブルガリアの田舎で生まれた青年ボリスと、グルジア生まれのハトゥナとイラクリ。おとぎ話のような生い立ちで、天才音楽家として見出されるボリスと、美貌と才知を頼りに過酷な人生に立ち向かうハトゥナとその弟は、思いがけずニューヨークで出会う。
まばゆい白昼夢は、何も持たないウルリッヒの内部にそれだけの激しさときらめきが埋もれていたことの証だ。現実と夢は小説で同じ重さを与えられ、いつしか読者は老人の夢の中にいる。