『好色一代男』
- 著者
- 井原, 西鶴, 1642-1693 /吉行, 淳之介, 1924-1994
- 出版社
- 中央公論新社
- ISBN
- 9784122049765
- 価格
- 1,047円(税込)
書籍情報:openBD
吉行淳之介訳で読む『好色一代男』
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
【前回の文庫双六】映画に熱中していた学生時代が蘇る――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/547130
藤本義一は井原西鶴を敬愛し、西鶴について何冊も本を書いている。ただし今、文庫では読めない。
それならば、久方ぶりにご本尊の『好色一代男』をひもとくとしようか。原文をうんうん唸りながら読むのも乙だが、さいわい古くは吉井勇や里見弴から、最近の島田雅彦まで、名うての文学者たちが腕を振るった現代語訳がある。とりわけ吉行淳之介訳は力作で、百ページを超える訳者解説がとても面白い。
その解説で吉行はいう。「読みおわってまず感じるのは、『世之介というのは、もっとモテたとおもっていたんだがな。それどころかずいぶん酷い目にもあっているなあ』ということである」。実際そう感じる読者も多いだろう。
酷い目にあうというのは7歳で性に目ざめて以来、放蕩に放蕩を重ねるうち、呆れ果てた親に19歳で勘当されてしまうからだ。
以来、西は鞆の浦や下関、東は寺泊や酒田など諸国をさまよい歩きながら、遊女ばかりでなく、魚売りの女や下女などを相手に、かなりしみったれた色事にふけるのである。
ところがどん底に達した34歳のとき、父親の遺産「銀二万五千貫目」が転がり込む(吉行の試算では四百億円余り)。これを太夫遊びに惜しげもなく蕩尽するのが後半の物語だ。しかし内容はスター太夫たちの紹介が主となり、前半のひりつく情感は薄れる。西鶴本人が豪勢な太夫遊びなどしたことがなかったせいではないかと吉行は推測する。
だが「明け暮れたわけをつくし」た挙句に女護(にょご)の島をめざすラストはやっぱり凄い。「死んだら鬼に喰われるまでと、今まで後生を願ったことは気(け)さえないこの身」「行末、これからはどうにでもなるようになれ」と、還暦になった世之介は決意する。
その覚悟によって彼は、ドン・ジュアンやカザノヴァと並び称されるにふさわしい、偉大なる罰当たりな色狂いヒーローとなったのだ。