『ドラッカー5つの質問』
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「経営理念」と「ミッション」と「ビジョン」はどう違う? 「ドラッカー5つの質問」が教えてくれること
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『ドラッカー5つの質問』(山下淳一郎著、あさ出版)の冒頭には、成功を収めている企業とそうでない企業との違いに関する、ドラッカーの言葉が引用されています。
「成功を収めている企業は、『われわれの事業は何か』を問い、その問いに対する答えを考え、明確にすることによって成功がもたらされている」(『現代の経営』)(「まえがき」より)
「われわれの事業を問う」とは、わが社の事業はどうあるべきかを徹底的に考え抜き、わが社のあるべき姿を明らかにするということ。そして、経営者のそんな仕事の助けとなってくれるのが、「ドラッカー5つの質問」。そこには経営者が「考えるべきこと」「決めるべきこと」「行うべきこと」が、問いかけの形でまとめられているのだということです。
「ドラッカー5つの質問」は主語がすべて「われわれ」だ。主語が「われわれ」であるということは、これらの問いに対する答えは社長一人で考え込むものではなく、経営チームのメンバーと共に取り組むべき者であることを示している。
さらに言えば、経営チームは答えを共有する前に、問いを共有しなければならない。そして同じ問いに対して、全員から同じ答えが出てくる状態にならなければならない。経営チームが一枚岩にならずして会社のさらなる成長はあり得ないからだ。(「まえがき」より)
ドラッカー専門のマネジメントコンサルタントである著者は、ドラッカー理論に基づいた経営チームコンサルティングファームであるトップマネジメント株式会社 代表取締役。いわばドラッカー理論の第一人者です。そうした実績を活かして書かれた本書の「第1の質問 われわれのミッションは何か」から、いくつかのポイントを引き出してみましょう。
経営理念、ミッション、ビジョンはこう違う
経営理念とミッション、そしてビジョンの違いはわかりにくいもの。その違いについて質問を受ける機会が多いという著者によれば、経営理念、ミッション、ビジョンは次のとおりだそうです。
・ 経営理念とは「わが社の社会に対する根本的な考え」を言い表したもの
・ ミッション(使命)は「わが社が社会で実現したいこと」を言い表したもの
・ ビジョンは「わが社のミッションが実現した時の状態」を言い表したもの
(43ページより)
いわば経営理念は想いであり、ミッションは行動であり、ビジョンとは結果のこと。鮮明に描かれた想いがあって、具体的な挑戦と献身的な行動がある。そしてその向こうに、理想的な状態があるということ。(42ページより)
経営理念を問いただす
著者は読者に対し、こう問いかけています。「御社はどんな想いで事業をしているのか。御社の経営理念は『わが社の社会に対する根本的な考え』が言い表されているかどうか」と。そして、この機会に経営理念を検証することを勧めていますが、同時に経営理念を言い表すためのNGワードを紹介しています。
「社会に貢献する」
「お客様に貢献する」
「お客様のお役に立つ」
「お客様第一」
「企業価値を高める」
「お客様のパートナーとなる」
「社員を幸せにする」
(48ページより)
これらは、経営理念を言い表す言葉としては不適切だというのです。なぜなら、この世のすべての会社に当てはまる内容にすぎないから。しかし本来、経営理念とは、「わが社はなぜ社会に貢献したいのか」「わが社はなぜお客様のお役に立ちたいのか」「わが社はなぜお客様を幸せにしたいのか」といった、わが社固有の考えをはっきりさせるものだということです。(47ページより)
ミッション3つの条件
お客様が企業に求めているのは、どんなメリットがあるかということであって、「わが社は業界ナンバーワン」という自己陶酔ではないと著者は指摘します。自分たちにとって都合のいいことに引っぱられず、ミッションを言い当てる言葉を見つけるべきだとも。そして、そのために押さえておかなければならないころを考えるにあたり、ドラッカーの発言を引き合いに出しています。
「第一に問うべきは、機会は何か、ニーズは何かである。第二に問うべきは、それはわれわれ向きの機会かである。われわれならばよい仕事ができるかである。われわれは卓越しているか、われわれの強みに合っているかである。第三に問うべきは、心底価値を信じているかどうかである」(『非営利組織の経営』)(59ページより)
まず機会とは、お役に立てるチャンスのこと。ニーズとは、あることに困っていたり、悩んでいる人がいるということ。どんなに「わが社のミッションはこうだ」と強調しても、あることに困っていたり悩んでいたりする人がいなければ、単なる独りよがりにすぎないということ。
なんらかの解決を求めている人がいて、その人のお役に立つことができるから、ミッションが成り立つわけです。だから、あることに困っていたり悩んでいる人がいるかどうかを知り、お役に立てるチャンスがあるかどうかを把握すべきで、それが、「機会は何か、ニーズは何か」。
しかし、あることに困っていたり悩んでいる人がいたとしても、それに応えるために必要な力を持っていなければなにもできません。情熱は不可欠だけれども、情熱だけでものごとは進まないものだから。そこで、それらのニーズに対し、よい結果を約束できるものを持っているかを考えることが大切。これが、「それはわれわれ向きの機会か」についてのポイント。
事業は、思いどおりにいかないことのほうが多いもの。だからこそ事業に対する揺るぎない想いがなければ、事業が思いどおりにいかないとき、心は打ち砕かれてしまいます。そこで大切なのは、揺るぎない想いの内容をしっかりと検証すること。それが、「心底価値を信じているか」を検証するうえでの重要事項だといいます。
なおミッションを考える際には、2つのことを押さえておく必要があるといいます。1つは形容詞を使わず、極限まで簡潔に言い表す言葉に絞り込むこと。もう1つは、美しい言葉を追求しないこと。なぜならミッションは、「よく思われるためにどんな表現をすればいいのか」ではなく、「自分たちはなにを実現しようとしているのか」を明らかにするものだから。
「ミッションの価値は文章の美しさにあるのではない。正しい行動をもたらすことにある」(『非営利組織の経営』)(68ページより)
ドラッカーもこのように主張しているそうです。(60ページより)
ビジョンがなければ事業とはなりえない
ミッションが決まったら、次はビジョンを決める番。なおビジョンという言葉は一般的に、わが社の理想の姿を言い表すものとして使われていますが、ここでいうビジョンとは「わが社のミッションが実現したときの状態」のことだといいます。では、ビジョンを曖昧なままにしておくとどうなってしまうのでしょうか? そのことについても、ドラッカーの言葉が引用されています。
「企業にせよ、チームにせよ、シンプルで明快なミッションを必要とする。ミッションがビジョンをもたらす。ビジョンがなければ事業とはなりえない。人の群れがあるだけである。(『P.F.ドラッカー』)(74ページより)
経営者とは、総称すればリーダーのこと。そしてリーダーとは、リードする人。リードする以上、「どこ」に向かってリードするかが曖昧であればリードすることはできないし、部下もどうがんばっていいかわからない、まさに、人の群れがあるだけだということです。(73ページより)
ミッションもビジョンも勝手に浸透しない
当然ながら、ミッションを決めたからといって、ミッションが勝手に浸透してくれるわけではありません。
「ミッションや戦略が完成し、浸透したとしても、メンバーに対する評価がそれに基づいていない限り、組織がマネジメントされているとはいえず、真剣に行動することを促進することができない」(『マネジメント』)(76ページより)
ミッションが完成しても、ミッションに対する貢献度合いが評価基準に組み込まれていない限り、ミッションに対する具体的な貢献を促すことが不可能。なぜなら社員は、評価に反映されないものは重要でないと知っているから。そこで着実にミッションを組織内に浸透させていくため、評価制度に「ミッションに対する貢献度合い」を加えるべきだと著者は主張しています。(75ページより)
「ドラッカー5つの質問」は思想ではなく、行動を決定するものだと著者はいいます。そのため本書においても、概念論の解説ではなく、「なにを決めなければならないか」に重点を置いているそうです。経営チームで取り組んでこそ効果があるというので、経営に携わる方は読んでおくべきかもしれません。もちろん、将来的に経営サイドに加わることを目指しているすべてのビジネスパーソンも。
Photo: 印南敦史