桜がいざなう臨界点(ターニングポイント)――『沸点桜(ボイルドフラワー)』著者新刊エッセイ 北原真理
エッセイ
桜がいざなう臨界点(ターニングポイント)
[レビュアー] 北原真理(作家)
この世で一番怖いことってなあに? 親に捨てられた子ならば即答するだろう。それは家がないことだ。
「沸点桜」は破壊と再生の物語だ。家を失い、大人達に虐待され搾取されながら成長したコウとユコという二人の女達が、運命に抗いながら、新しい居場所を創り上げようとする話である。
最初SFとして書き出したこの話がハードボイルドに姿を変えたのは、養護施設の舎監だった人の言葉がずっと忘れられずにいたからだ。施設の子供は二度親に捨てられる。一度目は親の虐待や遺棄が原因で。二度目は社会に出て稼ぐようになった子供を金蔓として親が利用しようとすることで。子供は自分が搾取の対象でしかないことに気づき、愛の無介在に打ちのめされる。そんな辛い人生を私だったら何をよすがに生きるだろう。浮かんだのは幼い頃可愛がってくれた祖母の顔だった。肉親でなくとも誰か一人が真剣に想ってくれれば人は生き抜ける。そう考えたとき、この話が変わった。
風俗店のセキュリティとホステスとして二人は出会う。ヤクザに追われ、病魔に侵されたコウは十七歳の美少女ユコを連れ、幼い頃、唯一の肉親である祖母と暮らした海辺の団地に舞い戻る。明るい湘南の海辺で、新たな人生を生き直そうとした二人は、結局、夢も恋も破れ散々な目に遭うのだが、そこは強面のコウのことで只では終わらない。
沸点桜という題名は賛否両論だった。桜が沸くように咲くなら沸騰だろうと誰もが言った。だが人間には其処を越えると運命や人格ががらりと変わる臨界点がある。弱い男が恋人を守る為に、母が子供を守る為に、突然変わるような、どんな人間の中にも潜むある強さを引き出すその臨界点(ターニングポイント)をどうしても題名に入れたかった。
桜は人を鼓舞し勇気づける花だ。もうすぐ春が来る。花に託して、独り施設から歩みだす子供達の幸せを祈る。