戦前日本のポピュリズム 筒井清忠 著

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戦前日本のポピュリズム 筒井清忠 著

[レビュアー] 成田龍一(日本女子大教授)

◆政党不信をあおった新聞

 二十一世紀初頭、ポピュリズムが政治を解析する概念のひとつとなっている。著者は、この「大衆の人気に基づく政治」は戦前からみられ、アメリカとの戦争に至ったのもポピュリズムによっていると主張する。そして、その戦前日本の歴史過程を具体的に綴(つづ)る。

 発端となるのは、一九〇五年の日比谷焼き打ち事件である。ポーツマス講和条約に反対し、警官隊と衝突する騒擾(そうじょう)となったこの出来事に、著者は「大衆」の登場を見るとともに、新聞の影響力を指摘する。そして続けて、ポピュリズムの本格化として一九二〇年代後半以降の動きが記され、そこに「大衆の代表そのものの政党政治」と「天皇シンボルのポピュリズム化」という二つの推移を見いだす。

 カギとなるのは、普通選挙とメディアの影響力の増大である。普選による政党政治が出現したものの、メディアによるスキャンダル報道によって「大衆」の不信感を買う。代わって天皇などが「中立的」にみえ、政党によらない政治が期待され、近衛文麿の登場を準備したと著者は説く。戦前のポピュリズムは二度たちあらわれ、近衛内閣は「ポピュリズムによって成立し、ポピュリズムによって戦争を拡大し、泥沼に追い込まれた」とするのである。

 著者は、政党内閣下の汚職事件をはじめ、満州事変や五・一五事件の公判の報道など、メディアの動向をたんねんに紹介し、新聞の論調を煩を厭(いと)わず引用し、紹介する。これまでの著者の蓄積を、ポピュリズムの観点から歴史像として提供した著作となっている。

 このとき著者が、日比谷焼き打ち事件から戦争までを直線的に描くことは大きな問題提起である。この騒擾は従来「大正デモクラシー」の出発点に位置するとされてきており、この観点からは、デモクラシーが転換して戦時の体制へと至ることとなる。しかし、ポピュリズムという観点から、著者は転換ではなく一貫を主張し、近現代史の見取り図の修正を試みていった。

(中公新書・994円)

<つつい・きよただ> 1948年生まれ。帝京大教授。著書『帝都復興の時代』など。

◆もう1冊

 井上寿一著『政友会と民政党』(中公新書)。戦前の二大政党制の成立、展開の歴史をたどり、なぜ短期間で終わったかを検証する。

中日新聞 東京新聞
2018年2月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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