【文庫双六】島尾敏雄の「をんなを待つ間の日記」――梯久美子

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日本文学100年の名作 4 1944-1953 木の都

『日本文学100年の名作 4 1944-1953 木の都』

著者
池内 紀 [著]/川本 三郎 [著]/松田 哲夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101274355
発売日
2014/11/28
価格
825円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

島尾敏雄の「をんなを待つ間の日記」

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】西鶴好き富岡多恵子の乾いたユーモア――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/547949

 富岡多惠子「動物の葬禮」が収録されたアンソロジー『公然の秘密』は、10巻からなる『日本文学100年の名作』の第7巻である。アンソロジーはテーマ別に編纂されたものが多いが、これは100年を10年ずつ区切り、その時代を代表する短篇・中篇を集めている。

 私の本棚にはこのうち、第4巻の『木の都』がある。収録されているのは1944年から1953年、つまり終戦をはさんだ10年間の作品で、坂口安吾「白痴」、太宰治「トカトントン」、井伏鱒二「遥拝隊長」など、作家の戦争体験を反映したものが多い。

 海軍の特攻艇「震洋」の隊長だった島尾敏雄の作品もある。奄美群島に駐屯していた島尾の部隊に特攻命令が出たのは1945年8月13日夕刻のことで、出撃の準備を整えて待機する中で終戦を迎え、命拾いしている。この強烈な体験を島尾は何度か作品にしていて、有名なのは「出発は遂に訪れず」だが、ここではそれほど知られていない「島の果て」が選ばれている。

 この小説は1948年に発表されているが、書かれたのは終戦直後である。復員し実家の神戸に戻った島尾は、奄美で恋仲になったミホ(のちの妻)が奄美から闇船でやってくるのをひたすら待っていた。この時期の島尾の日記には「これはをんなを待つ間の日記である」という一文がある。

「島の果て」におけるミホ(作品中ではトエ)の描写には他の作品にないみずみずしさがあるが、それはこうした状況の中で書かれたためもあるのだろう。一方で、部隊を脱け出しての逢瀬の後、戻っていく島尾との別れを悲しんで歌うミホの声を「狂女の声音」と表現している部分もある。

 島尾の浮気のためにミホが狂気に陥るのは、この作品に描かれた戦時下の恋の9年後のことだ。島尾は小説の中でみずからの将来を予言してしまうタイプの小説家で、「島の果て」はその最初の作品である。『死の棘』とあわせて読むと、けっこう怖い。

新潮社 週刊新潮
2018年3月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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