いのちなりけり 吉野晩祷 前登志夫 著

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いのちなりけり吉野晩祷

『いのちなりけり吉野晩祷』

著者
前 登志夫 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309026480
発売日
2018/01/23
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

いのちなりけり 吉野晩祷 前登志夫 著

[レビュアー] 宇江敏勝(作家・林業家)

◆存在の根源へと誘う

 「自然の中に人間を樹(た)てる」ことが生涯のテーマだと自覚している、と書いている。雅号は「樹下山人(じゅかさんじん)」、奈良県吉野山の里に住んだ歌人の遺稿散文集である。亡くなられてから十年が過ぎた。

 著者は、生えぬきの山人(やまびと)であり、代々林業家で、自分も木樵(きこり)と称している。だが、肉体労働はしない。柳田国男や折口信夫に傾倒して民俗学への造詣は深いが、具体的な記述はほとんどない。ほかの散文や短歌作品は抽象的な表現が多く、それが魅力なのである。

 しかし、第一章「菴(いおり)のけぶり」の二十の掌篇は、山里の四季を写し出して、美しくしみじみと読ませる。出没する熊や狐(きつね)、鳥たち、草の花や蛍、あるいは歌人の西行が愛(め)でてやまなかった桜については、くり返し語られる。この章の最後の文章「たそがれて 花ぞ悲しき」でも桜が回想されている。初出は、著者が亡くなった平成二十年四月五日よりも二か月前だから、絶筆といえようか。

 第二章「林中歌話」、三章「老(おい)のほむら」はともに現代歌論である。「一本の木が、樹木本来の存在のみなもとに還り、岩が岩そのものの原初の輝きに戻るような、時空を超越したいのちの根源にこそ、わが歌は歌われなければならない」

 熊野に住む私が吉野の歌人を訪れてから、はや二十年。山家のたたずまいとともに、茫洋(ぼうよう)たる面影がよみがえる。

(河出書房新社・2160円)

<まえ・としお> 1926~2008年。歌人。著書『縄文紀』『森の時間』など。

◆もう1冊

 『前登志夫歌集』(短歌研究文庫)。第一歌集『子午線の繭』をはじめ『流轉』など八歌集から千六百五十余首を収録。

中日新聞 東京新聞
2018年3月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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