『派遣労働という働き方――市場と組織の間隙』

レビュー

4
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派遣労働という働き方

『派遣労働という働き方』

著者
島貫 智行 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641164970
発売日
2017/04/24
価格
4,644円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『派遣労働という働き方――市場と組織の間隙』

[レビュアー] 川口章(同志社大学政策学部教授)

 本書は、事務職の登録型派遣労働者の就業実態を、聞き取り調査とアンケート調査によって、描いた書である。労働分野の研究は、大きく分けて質的分析に重点を置いたものと量的分析に重点を置いたものに分かれるが、本書は、質的分析と量的分析をバランスよく利用しているという点で貴重である。また、第1章で登録型派遣労働の定義が、第2章でこれまでの研究がとても丁寧に説明されており、派遣労働について知識がない初心者にも読みやすい本である。さらに、聴き取り調査の引用が随所に見られることも、本書を読みやすくしている。
 派遣労働者は正社員と比べてメリットもあるが、デメリットの方が多い。事務職の登録型派遣労働者のうち50.9%は正規労働者を希望している。本書は、派遣労働という働き方について、6つの困難を取り上げている。賃金、付加給付、雇用の安定性、能力開発、仕事の自律性、労働時間である。これらを、聴き取り調査に基づいて質的に分析しているのが第4章から第6章であり、アンケート調査に基づく量的分析を実施しているのが第10章と第11章である。それらの間に挟まれている第7章から第9章までは、6つの困難に直面した派遣労働者がどのように対処しているかを、聞き取り調査に基づいて分析している。

調査対象

 聞き取り調査の調査対象は、派遣労働者、派遣先企業、派遣元企業である。派遣労働者に対する調査は、スノーボール・サンプリングや派遣先企業と派遣元企業からの紹介で得られた47人の派遣労働者が対象である。
 派遣先企業の調査には、製造業、情報通信業、卸売業、小売業、金融業の大手5社を対象としている。それぞれの企業から派遣労働者を活用する部署および人事部門の管理者や担当者など計14名に聞き取り調査を行っている。そして、派遣元企業では、派遣先企業への営業活動や派遣労働者の苦情・要望への対応を行う営業担当者と、派遣先企業の仕事と派遣労働者のマッチングを行う仕事紹介担当者の13名を調査対象としている。
 さらに、アンケート調査対象者は、Web調査によって得られた労働者4000名の中から、事務職に従事する労働者1093名を抽出している。

派遣労働者が経験する困難

 ここでは、6つの困難のうち、賃金に関する困難を紹介しよう。厚生労働省「派遣労働実態調査(2012年)」によると、事務職の登録型派遣労働者が自分の賃金(時間給)について「満足している」と回答した者は33.7%、「満足していない」と回答した者が34.1%と、両者は拮抗している。また、「満足していない」理由については、最も多い回答が「派遣先での同一の業務を行う直接雇用されている労働者よりも賃金が低いから」で26.1%である。
 この統計に対する本書の解釈は面白い。派遣労働者の多くは、派遣先で同じ業務を行っている正規労働者の賃金の実態を知らない。それにもかかわらず賃金が低いという不満を持つのは2つの理由による。1つは、正規労働者の賃金は、勤続とともに上昇するのに対し、派遣労働者の賃金は上昇しないからである。もう1つは、正規社員には賞与や手当があるが、派遣労働者にはそれらがないためである。後者の例として以下の発言がある。

社員の方が給与をいくらもらっているかは正確には知らないですが、社員にはボーナスもありますし、収入で見たら全然ちがいますよね。私も派遣先の一員として仕事をしているはずなんですが、ボーナスが支給されたことはありません。同じ仕事をしているのにこれだけ収入に差があると納得いかないです。(本書85頁)

 実際、同じ仕事をしている正規労働者と派遣労働者の賃金を比較すると、必ずしも派遣労働者の賃金が低いとは限らない。本書は、同じ派遣先企業で同じ仕事をしている場合に、派遣労働者の賃金の方が正規労働者より低い事例があることを、派遣先企業への聴き取り調査から明らかにしている。単純に派遣労働者だから正規労働者より賃金が低いとは言えないのだ。
 なぜそのようなことが生じるのだろうか。そもそも賃金を決める仕組みが正規労働者と派遣労働者では全く異なるからである。第1に、正規労働者の賃金は職能給の要素が強いのに対し、派遣労働者の賃金は仕事に対して支払われる。
 第2に、同じ職場で仕事をしていても、正規労働者と派遣労働者では、雇用主が異なる。正規労働者には勤務先企業から直接賃金が払われるのに対し、派遣労働者には派遣先企業から派遣元企業に派遣料金が支払われ、そこから30%程度のマージンを引いた額が賃金として支払われる。派遣料金は、派遣労働者の能力や経験とは関係なく、仕事に対する対価が、複数の派遣元企業の競争の結果として決まる。より高度な仕事には高い派遣料が支払われ、そのような仕事には経験豊かな派遣労働者が派遣される。したがって、結果的に仕事の経験と賃金の間には正の相関関係が生まれる。しかし、正規労働者とは異なり、同じ仕事をしている限り勤続期間が延びても派遣労働者の賃金は上昇しない。
 第3に、マージンには派遣元企業の利益、派遣元企業の営業担当者などの賃金、派遣元企業が負担する社会保険料などが含まれるが、その額は派遣元企業によって異なる。したがって、同じ職場で同じ仕事をしている派遣労働者と正規労働者の賃金が異なるのはもちろんのこと、派遣労働者間でも派遣元企業が異なれば賃金は異なるのである。
 とはいえ、一般的に言って、派遣労働者の賃金が正規労働者の賃金より低いことは間違いない。本書のアンケート調査に基づく計量分析は、学歴、年齢、経験年数、企業規模、家族構成などを調整しても、派遣労働者の賃金は正規労働者より有意に低いことを明らかにしている。派遣労働者の不満は、正確な情報に基づくものではないにしても、決して的外れではない。
 以上は、賃金に関する不満の紹介であるが、付加給付、雇用の安定性、能力開発機会、仕事の自律性、労働時間についても、聴き取り調査とアンケート調査から質的、量的に分析されており、とても興味深い。

派遣労働者が困難に対処する方策

 本書は、派遣労働者が困難に対処する方策を3つに分類している。第1は、困難を受け入れて派遣労働を継続してゆく「派遣労働の受容」、第2は、困難を回避し他の就業形態への移行を図る「派遣労働の回避」、第3は派遣労働を継続しながら困難を自ら克服してゆく「派遣労働の克服」である。
 「派遣労働の受容」には、さらに3つのタイプの労働者がいる。第1のタイプは、仕事と生活の両立を優先するために、派遣を選択している労働者である。このタイプは、30から40代の既婚女性で、配偶者が主たる家計負担者であることが多い。また、現在の勤務地、仕事内容、労働時間などが維持されるなら正規労働に転換したいと考えている。
 第2のタイプは、学卒時に正規労働の就業機会を得られなかったために、やむなく非正規労働者になっている労働者である。パートやアルバイトより派遣の方が技術・専門性を高められると考えて派遣を選択している。このタイプには男性もいる。専門性が向上する限り派遣労働を継続するが、正規労働の仕事があれば転換したいと考えている。
 第3のタイプは、一般事務の仕事が好きで派遣労働を選択している労働者である。20代の未婚女性に多く、仕事の難易度は低い。将来のキャリアについては、特に考えておらず、就業を無理に継続するつもりはない。
 「派遣労働の回避」には、2つのタイプがある。第1のタイプは派遣労働者から正規労働者への転換を図るものである。派遣就業中の派遣先企業に正規労働者として雇用されること目指す。しかし、この道は容易ではない。容易ではない事例として派遣労働者を受け入れている企業の経理マネージャーの言葉が引用されている。

派遣から正社員にするのはリスクが高いと思います。派遣のメリットは当社として雇用のリスクがなくて、コストが安くて、それでスキルがある人を活用できることにあるので、当社で長く働いているという理由で正社員にすることはないです。(本書184ページ)

 第2のタイプは、派遣労働者からフリーランスとしての独立を図るものである。このタイプは、かなり高度な技能がなければ実現が難しく、第1のタイプよりさらに少ない。日本語の論文を英語に翻訳するフリーランスが事例として挙がっている。
 「派遣労働の克服」には4つの方法がある。第1は、より専門性の高い職種へと仕事を高度化してゆく方法である。派遣労働者が賃金の上昇を図るためには、より高度な職種の仕事に従事する必要がある。しかし、これもなかなか難しい。なぜなら第5章で分析されているように、派遣労働者が派遣元や派遣先での研修によって技能を蓄積できる機会は、正規労働者よりも限られているからである。
 第2の方法は、派遣元企業と長期的な関係を築くことである。登録型派遣の場合、複数の企業に登録する労働者が多いが、その場合でも、特定の派遣元企業の仕事を優先的に引き受け、派遣元企業との長期的関係を築こうとする派遣労働者が多い。それによるメリットは、派遣元企業との信頼関係が生まれ雇用の安定性を確保できることや、より良い条件の仕事を得るためのスキルアップのアドバイスを受けられることである。
 第3の方法は、派遣労働者間の人的ネットワークを構築することである。同じ職場の派遣社員同士は、派遣元企業や派遣先企業について情報交換をすることが多い。それによって、どの派遣元企業の賃金が高いとか、どの営業担当者の対応が良いなど、派遣元企業の情報や、派遣先の正規労働者とうまくやっていくノウハウの交換などを行う。
 第4の方法は、労働者による克服というより、企業による派遣労働の困難の克服である。それは、派遣元企業と派遣先企業の長期的関係と企業間ネットワークの構築である。これが実現すると、派遣社員の安定的雇用が可能になる。たとえ、ある派遣先での契約が終了したとしても、優秀な派遣労働者を別の派遣先企業に効率的に紹介することが可能になる。また、派遣元企業が派遣先企業における人事考課法を熟知すれば、派遣先企業による派遣労働者の評価を生かして、派遣労働者と派遣先企業のマッチングの精度を上げることが可能になる。
 本書の終章で、派遣労働という働き方を変革するために何が必要かを議論している。そこで著者が主張しているのは、上記の「派遣労働の克服」の方法を突き詰めることである。

書斎の窓
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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