駅から自宅までの道中、「吉田大輔」が19329人に増殖――

レビュー

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半分世界

『半分世界』

著者
石川, 宗生, 1984-
出版社
東京創元社
ISBN
9784488018252
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

平凡な一軒家の半分が消失 一家4人の生活が丸見えに

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 ある晩、仕事を終えて勤務先から帰ってきた吉田大輔(36歳)は、最寄り駅から自宅までの道中、突如、19329人に増殖する。閑静な住宅街は大混乱に陥り、政府主導で発足した「吉田大輔氏大量発生対策本部」が吉田氏の搬出作業を開始。便宜的に番号を割り振られた彼らは、数百人ずつに分かれて施設に収容されることになる。

 ――と、こんなとんでもない導入から始まるのが、本書巻頭に置かれた第7回創元SF短編賞受賞作「吉田同名」。この題名のインパクトが強すぎたのか、著者はやたらに“吉田さん”と呼び違えられる羽目になったとか(「吉田同名」を本書の表題作にしなかったのはそれが理由らしい)。SFの賞を獲ったと言っても、奇妙な謎を科学的に解明するタイプの小説ではない。昔風に言えば不条理SF、いま風に言えばストレンジ・フィクションの味わい。奇天烈なアイデアをどう転がすかが読みどころになる。その点は、本書に収められた他の3作にも共通する。

 表題作「半分世界」では、住宅街に建つ平凡な一軒家の表側(正面玄関側)半分がきれいに消失。その家に住む一家4人の生活は外から丸見えになり、観光名所と化して、各人にファンがつく(にもかかわらず、4人は何事もなかったかのように平然と暮らしている)。

 次の「白黒ダービー小史」では、ボールを使ったサッカー的なゲームが300年前からずっと(一瞬の中断もなく)続き、ゲームと一体化した町の驚愕の歴史が綴られる。

 いちばん長い最後の「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」は、どことも知れぬ停留所で、来ないバスを待ち続ける人々の話。やがてルールができ、コミュニティが生まれ、独自の文化が芽生え……という具合に、壮大なスケールに発展してゆく。

「なぜそんなことに!?」という異常な発想と、妙にリアルなディテールが本書の持ち味。読むと誰かに話したくなる、新感覚の奇想小説集だ。

新潮社 週刊新潮
2018年3月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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