一足早く小説で愛でる“桜” 『桜の下で待っている』ほか

レビュー

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  • 桜の下で待っている
  • 桜の森の満開の下
  • 妖櫻記 上

書籍情報:版元ドットコム

今週は一足早く小説で桜を愛でる

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 そろそろ桜の開花が待ち遠しい季節。一足早く文庫で花見はいかが?

 彩瀬まる『桜の下で待っている』は東北新幹線に乗って北へ向かう男女の人生の一場面を春の花と共に切り取った連作短編集。旅先の宇都宮で恋に落ちてそのまま移住した祖母を大学生の孫が訪ねる「モッコウバラのワンピース」、両親が不仲で帰る場所を持たない姉弟が東京タワーを眺めながら自分たちの未来について語り合う表題作など、五編を収録している。繊細かつ鮮明な描写で浮かび上がるのは、登場人物のふるさとに対する想いだ。花盛りと冬枯れを繰り返す桜の木は、幸福か不幸かの一方には固まらない家族の関係性を象徴している。

 例えば「菜の花の家」は、法事のため仙台に帰る武文が主人公。変わってしまった故郷の風景を見ながら、武文は亡くなった母のことを思い出す。子供への情が深いだけに、注文も多かった母。〈ちっとも母さんを大事にしない〉と言われても、〈大事にするのが億劫だった〉と思うくだりに胸が痛くなる。でも、母にまつわるある奇跡が起こるのだ。親は子が期待するほど包容力はなく、子は親が期待するほど共感力はない。だから完全にお互いを理解することはできないけれど、いつかひとりの人間として受け入れられる日がくるだろうという希望を抱かせてくれる。

 近藤ようこ『桜の森の満開の下』(岩波現代文庫)は、坂口安吾の名作短編を漫画化。鈴鹿の山に暮らす山賊と、彼がさらってきた都の女の物語だ。山賊が恐れた桜の森の下の涯(はて)のなさ、はりつめた冷たい風が見事に絵で表現されている。安吾が〈刀で斬っても斬れないよう〉と書いた女の苦笑も美しい。

 皆川博子『妖櫻記』(河出文庫、上下巻)は、室町時代が舞台の伝奇小説。足利義教を暗殺した赤松満祐の側室・野分と、その娘の桜姫、南朝の血を引く少年・阿麻丸の運命の流転を描く。三種の神器をめぐる陰謀と、呪法による戦いはスリリング。終盤に舞う死者の群れのような桜の花びらに魅入られてしまう。

新潮社 週刊新潮
2018年3月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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