「高校生ワーキングプア」との出会い――NHKスペシャル取材班『高校生ワーキングプア 「見えない貧困」の真実』

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高校生ワーキングプア

『高校生ワーキングプア』

著者
NHKスペシャル取材班 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104056095
発売日
2018/02/16
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「高校生ワーキングプア」との出会い

[レビュアー] 板垣淑子(NHKチーフプロデューサー)

 日本一、いや世界一、忙しいのではないかと思う女子高生と出会った。その働きぶりに驚愕し、密着取材をしたら、大人である私たち取材班も、たった一日でヘトヘトになった。

 シングルマザーの母親を支え、小学生の弟、妹の面倒を見ながら高校に通い、平日の夜と休日、アルバイトをしている優子さん(仮名)、18歳。彼女の一日は朝5時から始まる。

 起きると家族4人分の洗濯をしながら、乾いた洗濯物をたたんで、しまう。台所と居間の掃除を済ませると、洗濯機がピーと鳴り、洗い終わった洗濯物を干し始める。座る暇もなく、朝食の準備をして、朝7時には妹と弟を起こしに行く。2人の身支度など、世話をしながら、朝食の片付けや自分の通学の準備をする。2人を送り出した後、ようやく登校だ。

 学校では勉強熱心で、成績も優秀な優子さん、通知表はオール5だ。授業中も集中して取り組み、学校が終わると急いでバイト先の居酒屋へ。そこで夕方5時から夜10時まで、平日は5時間働く。家へ戻ると深夜11時。そこから夕食を食べ、机に向かう。眠りにつくのは午前1時過ぎ。しかし、5時には起床し、忙しい生活が繰り返される。

 そんな毎日を送っていても、優子さんは「家族のためなら、当たり前」と自分の境遇を嘆くことはなく、むしろ、もっと家族を楽にしてあげたい、と話す。進学について聞いても「4年制の大学に行きたいけど、お母さんを早く支えたいから2年で卒業できる専門学校にします」と言う。優子さんの、学校に通う時間+家事にかかる時間+アルバイトの時間を足し合わせると、過労死ラインを大きく上回る「働き方」だ。それでも、大好きな家族のために自分ができることがあるなら、頑張って当たり前だと、笑顔を見せながら語ってくれた。

 今、家計を支えるためにアルバイトをする高校生が増えている。人手不足が深刻な雇用市場で高校生は重宝され、皮肉にも、働きたければ働きたいだけ、働くことができてしまう。だからこそ過労死ラインで働く高校生たちが、必死で家計を支え、新たなワーキングプア層を作り出すことになってしまっているのだ。

 朝から夜まで、フルタイムで働いても、生活保護水準以下の収入しか得られない「ワーキングプア」の実態を伝える番組を最初に制作したのは、2006年だった。それから10年。非正規労働者がさらに増え、雇用者の4割に達している。子育て世代の生活は厳しさを増し、国の調査では、児童のいる世帯の63・5%が「生活が苦しい」と訴えている(2017年)。

 NHKスペシャル『見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~』の中で取り上げた千葉県の公立高校で行ったアンケートの結果、アルバイトをする理由について「生活費のため」と答えた高校生が半数を占めた。

「働かなければ学べない」という高校生の現実――家計を支え、自らの進学費用を捻出し、「奨学金」という借金を背負って進学する――それでも、私たちが出会った高校生たちは、一見、経済的に困っている様子は全く見えなかった。今の高校生は、ファストファッションでお金をかけずにお洒落を楽しみ、格安スマホを当たり前のように持ち、外見からは、経済的な困窮状態が一切、見えてこないのだ。

 今、「7人に1人の子どもが相対的貧困の状態におかれている」と言われる。見えない貧困を「可視化」するために、相対的貧困の世帯の子どもたちが何に困っているのか、どういう権利が剥奪されているのかを具体的に見ていくため、取材を丹念に進めた。アルバイト先で、笑顔で働く高校生たちは、大切な家族を守るためなら、いくらでも頑張れると口をそろえる。しかし、ギリギリの生活で踏ん張っている子どもたちが、いつ、ポキッと折れてしまうのか――そばで見てきた私たちは、大きな不安を感じてきた。

 子どもたちが、頑張っていられるうちに、社会全体で問題を共有し、有効な手を打っていかなくてはならないのではないだろうか。そのためにも、高校生ワーキングプアが背負っている「見えない貧困」を知って欲しい。それが、私たちの社会が子どもの貧困と向き合う出発点だと確信している。

新潮社 波
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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