北村薫、有栖川有栖が挑戦した日本ミステリー史に残る“謎”が、再び――

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座敷童子の願いごと

『座敷童子の願いごと』

著者
緑川 聖司 [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591154991
発売日
2018/03/03
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

五十円玉の伝説

[レビュアー] 若竹七海(作家)

 何を隠そう私には「日本ミステリ史に伝説として我が名を刻みたい」という秘めた野望があった。
 とはいえ生来の怠け者だし、必死に努力したところで伝説的傑作など書けようはずもない。だいたいミステリは書くより断然、読む方が楽しいのだ。ソファにもたれ、他人(ひと)様の作品に耽溺し、時には自分が書き手でもあること、投げた石つぶてがおのれに戻ってくることを忘れて、ツッコミを入れダメ出しをする。なんと幸せな時間であることか。
 だから正確には「楽しく読書をしていて、ふと気がついたら日本ミステリ史に伝説として我が名が刻まれていたらいいな」というのが、私の真の野望ということになる。
 地球征服規模の願いだけに、私はこれを誰にも悟られぬよう、長年にわたって人との関わり合いを避け、面倒な依頼からは逃げ回り、ラクそうな頼まれごとだけを引き受けて生きてきた。すると先ごろ、ポプラ社の編集者からこんな打診があった。
「作家の緑川聖司さんが〈五十円玉二十枚の謎〉で作品を書きたいそうなのですが、よろしいでしょうか」

 ご存知ない方のために説明すると、〈五十円玉二十枚の謎〉とは三十五年以上前、大学に入学したての私がアルバイト先である池袋の書店で実際に遭遇した事件の話だ。土曜の夕方、中年男が五十円硬貨二十枚を握りしめてやってきて、千円札に両替してくれ、と要求してきた。応じると、男は土曜ごとに、五十円玉二十枚を千円札と両替させてはそそくさと去るようになった。
 奇妙ではないか。なぜ、男は毎週本屋で五十円玉二十枚を千円札と両替するのか、その五十円玉はなぜ毎週男の手元にたまるのか。五十円玉は自然と集まるものではないし、六十円や七十円のものを商っているため両替が必要だというなら、本屋ではなく銀行に行けばいい。
 謎を解くべく知恵を絞ったが、答えは思いつかなかった。まさか当人を問い詰めることもできないまま、私は書店のバイトを辞めた。やがて大学を卒業し、就職してのちミステリ作家としてデビューした。事件から十年目のことである。
 その前年の秋、東京創元社の戸川編集長が若手のミステリ作家を集めた茶話会を開き、その場で私はこの〈五十円玉二十枚の謎〉を披露した。すると皆の興味を引き、謎解き合戦が盛り上がった……のを見て取った編集長はこれを競作にすることを思いつき、私に問題編を書かせた。解答編はプロの作家に書かせる一方、一般に公募したところ、四十編近い原稿が集まった。
 この応募原稿の中から優秀作を選び、いしいひさいち先生の書き下ろし漫画を加えて『競作 五十円玉二十枚の謎』というアンソロジーはできあがった。本はのちに創元推理文庫に入り、版を重ねた。後年、ラジオドラマにもなり、再度の一般公募が行われもし、戸川編集長に頼まれた故・鮎川哲也先生も解答編を密かに準備されていたと聞く。きわめつけは、北村薫先生が長編『ニッポン硬貨の謎』を発表。来日した名探偵エラリー・クイーンが〈五十円玉二十枚の謎〉も解くという趣向の傑作だ。

 こうして〈五十円玉〜〉は思いもよらぬ広がりを見せ、出題者本人が飽きてもまだ、時折、緑川氏のような物好きが現れる。わけあって実家の寺の副住職見習いとなった大学生男子と、近所のお寺の副住職のコンビが、檀家や地域の人たちから持ち込まれる相談事や不思議を解決していく、ティーンズ向けの連作お寺ミステリ『福まねき寺にいらっしゃい』の第二弾『座敷童子の願いごと』で、この謎に挑戦したいという。
 私は快諾した。執筆に苦労するのは緑川氏であって私ではない。おまけに緑川氏にもポプラ社にも恩を売れる。
 さて、緑川氏の手腕やいかに。後日、私はソファにもたれ、届いたゲラを楽しんだ。リズム感も歯切れもいい文章。謎の提示と解決は明快で、気持ちよくもてなしてくれる。ときとして謎解きミステリは、解決や展開を読まれぬようにするあまり、やたらややこしい話になってしまうことがあるが、どの話もシンプルで、子供にもちゃんと飲み込める構成になっている。キャラクターを彩るサブストーリーもさりげない分量で品がいい。
 で、肝心の五十円玉の謎はというと……うん、地方の小都市のお寺という設定をそう生かしたわけね。ふんふん。なるほどー。よくこれをうまいこと「いい話」に落とせたわ。スゴいなあ。
 正直にいえば、私が体験した実際の事件の解決編としては、他のすべての解決編と同じく、決定打ではない。なので出題者大喜び、とはならなかったが、自身の作品世界の中できちんと一つの答えを誠実に出してくれた。それだけでも十分に素晴らしい。
 しかも、だ。私はふと気づいてしまったのだ。
 〈五十円玉二十枚の謎〉がメディアに発表されてから四半世紀、いまだに新たなミステリ作家を引きつけ、実作させている。ひょっとしてコレ、ミステリ史に残る伝説と呼んでも過言ではないのでは。
 どうやら緑川氏のおかげで「楽しく読書をしていて、ふと気がついたら日本ミステリ史に伝説として我が名が刻まれていたらいいな」という野望、達成できたと言えそうだ。

ポプラ社
2018年3月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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