工学部ヒラノ教授の終活 独居老人となった自身を描く

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工学部ヒラノ教授の終活大作戦

『工学部ヒラノ教授の終活大作戦』

著者
今野浩 [著]
出版社
青土社
ISBN
9784791770410
発売日
2018/01/26
価格
1,980円(税込)

独居老人となった教授 ヒラノ式人生の終わり方

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 工学部ヒラノ教授は文学部唯野教授(筒井康隆)の向こうをはった理系キャラクターだということを、みなさんご記憶でしょうか。忘れていた人と、そもそも知らない人とが半々かもしれないが、でもヒラノ教授ものは十タイトルをゆうに超える大作だ。このシリーズをずっと追いかけてきた読者として、タイトルの「終活」の文字に軽いショックを受ける。

 ヒラノ教授とはすなわち著者自身。一九四〇年生まれ。東京大学で学部・修士課程を、スタンフォード大学で博士課程を修めた、金融工学の研究者である。今回の本は、長い介護を経て妻を看取り、独居老人となった自分を描く。「夫を見送った妻は元気になるが、妻を亡くした夫は気落ちしてすぐ死ぬ」とよく言われるが、そんな脅しには負けない。世の人がめざす「ピンピンコロリ」もしょせん運任せなので、自分で努力できる道をさぐる。そして、家族や親しい友人に迷惑をかけず、恥ずかしくない死に方を目指すことにする。

 終活はもともとキレイゴトではないが、それでもこれだけ赤裸々に描かれると圧倒される。資産の額、家事の細部、息子の家庭との距離のとり方、断捨離、自殺の検討、人生上の五大後悔の反省、孫への支援方法の試行錯誤、いやいやこんなふうに書くと大問題ばかりみたいだが、一人暮らしに椅子は何脚必要かという悩みから歩くときの杖の握り方に至るまで、これでもかと細かい問題が羅列されている。人生をきれいなものだと思いたい人には酷な読み物だとしても、これは堂々たるエンターテインメントである。

 ヒラノ教授シリーズは、どの本から入ってもだいじょうぶ。もしこれがお気に召したら、『工学部ヒラノ助教授の敗戦 日本のソフトウェアはなぜ敗れたのか』や『工学部ヒラノ教授の青春 試練と再生と父をめぐる物語』などをどうぞ。未刊の原稿もまだあるそうです。

新潮社 週刊新潮
2018年3月15日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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