【文庫双六】ハッカーの存在を知らしめた約30年前の作品――野崎歓

レビュー

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文庫 カッコウはコンピュータに卵を産む 上

『文庫 カッコウはコンピュータに卵を産む 上』

著者
クリフォード・ストール [著]/池 央耿 [訳]
出版社
草思社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784794223098
発売日
2017/12/06
価格
972円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

文庫 カッコウはコンピュータに卵を産む 下

『文庫 カッコウはコンピュータに卵を産む 下』

著者
クリフォード・ストール [著]/池 央耿 [訳]
出版社
草思社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784794223104
発売日
2017/12/06
価格
972円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ハッカーの存在を知らしめた約30年前の作品

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

【前回の文庫双六】IT技術者たちの壊れた日々に圧倒――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/548842

『ビッグデータ・コネクト』では凄腕ハッカーが活躍する。ハッカーなる人種の存在を世に知らしめた先駆が、このストールによるノンフィクションではないか。内容はまったくアクチュアリティを失っていない。

 1986年、コンピュータ黎明期のカリフォルニアが舞台。若き天文学者ストールはローレンス・バークレー研究所に職を得て、所内コンピュータのシステム管理も任される。着任直後に発覚したのが、前月分の使用時間に対し、全所員の払った使用料金が「75セント」だけ足りないということだった。だれかがこっそりただで使ったのか?

 ところが、誤差の範囲内かと思えるようなわずかな金額の裏に、途方もないスケールのハッキング犯罪がひそんでいたのである。

 ストールは本業の天文学研究そっちのけで、得体のしれない相手をつかまえる作戦に深入りしていく。長髪にTシャツ、ジーンズで自由人気質の青二才が、それまで想像上の存在でしかなかったFBIやCIAのこわもて連中の協力を仰ぎながら懸命の名(迷)探偵ぶりを繰り広げる。約1年間の記録だが、彼がついに「大人」になるまでの成長記としても楽しめる。

 この本を読んでわかるのは、「ハッカー」という言葉が最初、犯罪者を意味してはいなかったということである。それどころか「ソフトウェアの天才」や「創造力豊かなプログラマー」たちは、誇りをこめて「ハッカー」と自称していたのだ。だが人々はたちまち、高度な知識を悪用する侵入犯をそう呼ぶようになる。

 性善説にもとづいて開発されていたネット空間に、邪悪な者たちが跳梁跋扈する。そこには人間という動物の業の深さが浮き彫りになるかのようだ。

 親本から26年後に出た文庫版には、目下「クラインの壺」作成に凝っているという著者の愉快な近影が載っている。コンピュータの闇を知ったのちも、彼がいきいきとした探求心を失うことはなかったらしい。

新潮社 週刊新潮
2018年3月15日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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