若手は「天然の鯛」。自由に泳がせ育てるか、価値観を押しつけ「かまぼこ」にするかは上の人間次第
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『若手を動かせ』(中村トメ吉著、エイ出版社)の著者は、原宿に5店舗を展開する美容院である「OCEAN TOKYO(オーシャン トーキョー)」を、28歳だった2013年に立ち上げた人物。まだ若いスタートアップ企業であるものの、今期は年商10億円を見込んでいるのだそうです。
注目すべきは、起業4年で美容業界の記録を塗り替えて来られたのは、もともと優秀な人材が揃っていたからではないと断言している点。それはひとえに、若手の社員教育がうまくいったからだというのです。
具体的には、1.「『若手』がどんなときに心を動かし力を発揮するのか」をわかっていて、2.「『本気になったときの若手』には、時代を変えるほどの力があると信じていた」こと、この2つが事業の成功に大きな影響を与えたのだとか。
そしてそんな実績があるからこそ、若手の思考回路やモチベーションを知らないまま(知ろうとしないまま)仕事を続ける人と、その反対で若手を理解し若手を動かせる人とは、この先どんどん差が開いて行くだろうと感じているのだといいます。
とはいえ、「美容師は特殊な職業なのだから、自分の仕事の参考にはならない」と感じる方も少なくないはず。しかし美容師の仕事内容は、一般の企業に通じる側面があると著者は主張しています。
目の前のお客様に対してプレゼンをし、商品を提供し、リピートにつなげるというサイクルは営業マンとほぼ同じ。さらに顧客を獲得し、長く通ってもらうためには、マーケティング能力や、自分の強みを発信するブランディングや広報の能力も必要だということ。後輩の教育も重要な仕事で、自分の技術を磨く時間も必要。
営業力、接客力、社員教育力、マーケティング力、広報力、ブランディング力、自己プロデュース力、そして技術力。正直言って、美容師ほど、一人の人間に対して求められるスキルが多い職業はないと感じます。ですから、僕が若手スタッフに対して行ってきた教育の多くは一般企業に勤める方々にとっても、役に立つ内容なのです。(「はじめに」より)
そこで本書においては、著者が実践してきた「若手を動かすために知っておきたいこと」をまとめているわけです。そのための具体的な行動について解説した第2章「若手を動かす21の鉄則」のなかから、2つのポイントを引き出してみることにしましょう。
若手は2か月自由に泳がせる
若手と出会って最初の2か月は、とにかく彼らを「調子にのせる」ことが重要です。
若手を動かすために何より重要な要素は「本人が何をしたいのか」「何に対してならば情熱を傾けられるのか」を知ることです。そのためには、まず「この人(たち)には、本音を話してもいい」と思われる可能性を作ることから始めなくてはいけません。これを怠ると、若手を動かすのは難しくなります。(55ページより)
いまの若手はリアルコミュニケーションの回数が昔の人より減っており、対面コミュニケーションに苦手意識を持っている人が多いと著者は分析しています。そして新しい環境や新しい人に出会ったとき、彼らがまずするのは「この相手は、自分の本心を話しても大丈夫な人だろうか」といったジャッジメント。
最初は自分の表面的な部分だけを見せながら、こちらの出方を伺い、「この相手には素を見せても大丈夫」と判断できて初めて、少しずつ心を開いていくというのです。
そのためオーシャンでは、新入社員が入社してきた最初の2か月間、叱ることは全面禁止して、若手をできるだけ自由に泳がせるのだそうです。そして若手が「調子に乗って」個性を見せはじめたら、しっかり観察。
若手社員は本来、それぞれちゃんと個性を持っているもの。それぞれしっかりとした味のある「天然の鯛」のようなものだと著者は表現していますが、その鯛を泳がせて大きく育てるか、価値観を押しつけてかまぼこにしてしまうかは上の人間次第だということ。
逆からいえば、いちばんやってはいけないのは、自分の価値観を植えつけようとすること。あくまでも「自分がやりたいこと」をエネルギーにして動いてもらわなければ、その後、彼らの能力を存分に発揮させることができないわけです。
ちなみにこの2カ月間、オーシャンでは「お客様のためにいいと思うことは、自分の判断でやっていいよ」と好きにさせるのだそうです。新人のミスはたかが知れており、任せる仕事の範囲からいっても、会社の存続に関わるようなミスは起こしようがありません。研修期間であれば先輩の目も行き届いているでしょうし、致命的な失敗は未然に防げるというのです。
この時期は失敗に目をつぶって見守り、口を出さず、できるだけ素を出しやすい空気を作ることに徹するべき。ミスよりダメージが大きいのは、若手を萎縮させたり、型にはめてしまうことだと心得ることが大切だといいます。(54ページより)
自分の口で志を吐かせる
若手が自発的に動くようにするために一番大切なことは、「自らの口で志や目標を言わせる」ことです。
言葉はあまり綺麗ではありませんが、人は自分の口で吐いた目標に向かうとなれば、素直になれるし、頑張れるし、責任を持てるようになるのです。
これは、山登りに例えると、「どの山に登るか」を自分で決めさせるようなものです。会社や先輩の都合ではなく、自分の夢を実現させるためだったら、若手は本気になれます。僕はその情熱を大事にして若手を導きます。(61ページより)
逆に言えば、若手が仕事を嫌いになってしまうのは、上からあれこれ押しつけられるから。それは自分で決めたことではないので、うまくいかなくても落ち込まず、反省もしないわけです。
同じように多いのが、「君のせいで売り上げが下がった」「君のせいで失注した」などと言われてやる気をなくすケース。「先輩の言うとおりにやったのに、どうして怒られなくてはいけないんだ」と思うと、がんばれるものもがんばれなくなって当然です。
登る山を会社や先輩が決めるのではなく、自分で決めさせる。これをするだけで、若手には仕事に対する情熱が生まれ、同時に「自分が言ったことだから」と責任感も生まれるものだと著者。
なお、登る山を決めさせることにも理由があるのだといいます。それは、若手がやる気をなくしたり、仕事を辞めたいと思うときは、ほとんどの場合「自分がしていることの意味がわからないとき」だから。
やっていることの意味がわからないというのは、仕事のプロセスに異議を見出すことができないということ。そして、なぜプロセスに意義が見出せないのかといえば、「どんなゴールに向かうためにこのプロセスが必要なのか」が想像できないから。
そこで、「やっていることの意味がわからなくてがんばれない」状態を避けるためには、最初にゴールを決め、「そのゴールに向かうためにはどんなプロセスが必要なのか」をあらかじめ提示してしまうことが有効だという考え方です。
山登りの場合も、登る山を決めればルートが決まるもの。ルートが決まれば、「どのような装備が必要か」「どのような登り方をするべきか」の戦略も立てられるはず。その道筋が見えれば、「自分がいましていることの意味がわからない」といった状況がなくなるわけです。
ところで若手に志や目標を尋ねるとき、著者はこんな聞き方をするそうです。
「君はなにがしたくて、どういう人間になりたいの?」
「どんなふうに、人の記憶に残りたいと思っているの?」
このように尋ねると、若手は必ず目を輝かせるというのです。自分の意見を聞かれたことに、喜びを感じているわけです。そして、こうした心の動き、つまり「このとき生まれた感情」こそが、若手が自ら動けるようになるために必要な燃料なのだといいます。
この感情が生まれさえすれば、あとはその感情を形にするだけ。ただし、その場では質問に答えられない人もいるので、そういうときは「一週間あげるから、その間に考えて」と宿題にすればOK。
ただし、若手に志を語らせるときは、ひとつ注意すべき点があるそうです。それは、「同期で売り上げナンバーワンになります」というような「手段」と「志(目的)」を混同させないこと。もしそう言ってきた若手がいたら、仮にナンバーワンになったとき、どんな世界を実現させたいのか、それが「志」なのだということを理解させ、ビジョンを描かせるべきだということです。
そしてもうひとつ。若手が自分の志を恥ずかしがらずに口にしやすい環境をつくるためには、いくつか注意すべきことがあると著者は記しています。
いちばん大切なのは、先輩がかっこつけないこと。周囲にいる人が自己開示をしていないのに、若手が自己開示するはずもありません。気を使って接すれば接するほど、若手もこちらに気を使って心を開こうとしないわけです。そこで先輩は、「若手を萎縮させたら負け」「若手に気を使わせたら負け」くらいの気持ちで新人を迎えるべきだというのです。
若手と気楽に接すると舐められるのではないかと思われるかも知れませんが、そんなことはないと著者は断言しています。なぜなら、自分の話をていねいに聞いてくれる人を軽く扱うことはないから。むしろ、尊大な態度をとる上司よりも、よっぽど信頼してもらえるといいます。(60ページより)
著者も言うように、本書は美容師だけに特化した内容ではありません。職種に関係なく、若手と接する機会のあるすべてのビジネスパーソンにあてはまる考え方だということ。そのため、読んでみればなんらかの気づきを得ることができるのではないかと思います。
Photo: 印南敦史