『湖畔の愛』
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湖畔のホテルに打ち上がる、哄笑の花火『湖畔の愛』 町田康
[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)
マジメにふざけるというのは、実は大の大人にとって決して楽な作法ではない。他者から頭のいい人に見られたいのが人情なのに、ふざけた態度を取っていると大抵そうは思われないからだ。だが、好きなことを好きなようにやっているというのが大人にとって最上のおふざけだろうし、そこに真っ向取り組む姿には「そこまでやるのか」と仰ぎ見るような気持ちが湧いてくる。評者は町田康の小説にそんな矜恃を感じるが、本書もまたその系譜。
九界湖のほとりに建つ〈九界湖ホテル〉の従業員たちとそこにやってくる客たちとが織りなす人間模様を、風刺と洒落を詰め込んで描いた作品集。表題作を含む三編は、みなその九界湖ホテルが舞台だ。そこに集うのは、従業員も宿泊客も、“くせがすごい”面々。オーナーは中国人のマネをするコメディアン風のしゃべり方の美女、ホテルマンとしての矜恃と脳内の破天荒さのギャップが笑える支配人の新町、オーナーの父親の〈莫逆の友〉だというので奇行を目こぼしされている雑用係のスカ爺、真心研究が高じて一般語を話せなくなった太田や、可愛ぶるたびに周囲に嘔吐を催させるライターの赤岩等々。
「湖畔」では、資金繰りに行き詰まっていたホテルが、新町やスカ爺の真心込めた歓迎が功を奏して救済される。「雨女」では、過剰なまでの降雨能力を持った船越恵子という女性が泊まりに来たせいで、陸の孤島と化したホテルに騒動が巻き起こる。表題作では、立脚大学演劇研究会の合宿中、マドンナ的存在・気島淺をめぐる恋のさや当てが描かれる。
相変わらず秀逸なのは、作中の誰かになりきって思弁を垂れ流し、自らツッコミを入れる文体の芸。笑いに身をまかせていると、含蓄の深いフレーズが不意に現れて、心に刺さる。