『原発事故と福島の農業』
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<東北の本棚>果樹王国再生に向けて
[レビュアー] 河北新報
東京電力福島第1原発事故で深刻な被害を受けた福島県の農業被害の実態や現状、再生に向けた動きを、現地で調査研究や復興支援に当たった研究者ら6人がまとめた。
福島第1原発から約60キロの位置にあり、コメが放射能で汚染された伊達市で、東大の教員有志らが市や地元農家と協力。部分的に除染した水田で稲を育て、収穫したコメの放射能濃度を測る試験栽培を数年間続けた。玄米中のセシウム濃度は2012年度以降あまり変化がなく、一部の地区では今なお1キロ当たり100ベクレルを超すケースがあるという。
全量全袋検査を行った福島県産米の全てが国の基準値(1キロ当たり100ベクレル以下)を下回っている点に触れた上で「一部の地域では作物のセシウム吸収をカリウム増肥によって何とか抑えている状況がいまだに続いていることを、忘れてはならない」と指摘する。
全国的な主産地として知られるモモやナシといった果実は事故後に価格が暴落。12年度以降は放射性物質の濃度が国の基準値を上回る果実が生産、流通する可能性が極めて低いとされるが、15年度も多くの品目で全国平均との価格差が事故前より倍近く低い水準が続く。
「果樹王国」復活に向け、放射能汚染が収束しつつあるという情報を発信、受信する側の環境整備や、消費心理の解析など幅広い調査を進める必要があると提案している。
編者をはじめ東大や北大、福島大などで主に農業を専門とする教授らが稲作や果樹、林業、畜産、土壌をテーマに執筆した。「いま誰かがきちんと記録を残しておかないと今回の被害が永遠に歴史に埋もれてしまう」と編者は記す。
編者は東京生まれ。東大大学院農学系研究科博士課程修了。東大大学院農学生命科学研究科教授。主著に「地球環境と作物」「アジアの生物資源環境学」などがある。
東京大学出版会03(6407)1069=3456円。