14年ぶりに“帰ってきた”名探偵 国産ハードボイルド最高峰

レビュー

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それまでの明日

『それまでの明日』

著者
原 りょう [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152097484
発売日
2018/03/01
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

14年ぶりの気負いは無用 年輪を経てこそ輝く傑作

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 私立探偵・沢崎(さわざき)が帰ってきた!

 というわけで、原りょう14年ぶりの新作『それまでの明日』がついに出た。キャリア30年で、長篇は本書がわずかに5冊目(短篇集1冊を含め、原りょうの小説作品はすべてこの沢崎シリーズに属する)。ミステリ界にその名を轟かす人気作家とも思えない、驚くべき寡作ぶりだが、著者が心酔するレイモンド・チャンドラーも生涯で7作しか長篇を完成させていないので、むしろ、孤高のハードボイルド作家らしいと言うべきか。

 といっても、そこは原りょう。本書には“14年ぶり”の気負いも、国産ハードボイルド最高峰の衒(てら)いもない。磨き抜かれた文章はしっくりなじみ、ごく自然に物語に入っていける。

 時は2010年秋(推定)。沢崎が営む西新宿の探偵事務所に、50代半ばとおぼしき“まぎれもない紳士”がやってくる。沢崎いわく、

〈“彼は依頼人ではないな”というのが、私の第一印象だった。私より年長であり、私より収入も多く、世の中のあらゆることに私より優れた能力を発揮できそうだった〉

 しかし彼は、有名金融会社の新宿支店長・望月皓一(もちづきこういち)と名乗り、沢崎の予想に反して、赤坂の料亭の女将の身辺を調査してほしいと依頼する。

〈依頼人の望月皓一に会ったのは、その日が最初だった。そして、それが最後になった〉という思わせぶりな一文が第1章を締めくくる。

 この依頼をきっかけに、沢崎は金融会社と強盗騒ぎと暴力団がからむ事件に関わってゆく。小説の焦点は、冒頭に出てきたきり姿を消す依頼人の紳士だが、懐かしい顔ぶれ(新宿署の錦織(にしごり)警部と田島(たじま)警部補、暴力団・清和会の幹部・橋爪(はしづめ)と組員の相良(さがら))も再登場し、沢崎と絶妙のやりとりを披露する。ちなみに、長い空白の間に作中でも相応の時間が経過しているが、沢崎の年齢は(著者インタビューによれば)50代で止まっているらしい。その他、愛車の古いブルーバードはどうしたのか、携帯電話はいまだに持たないのか、タバコの本数は?――などなど、沢崎ファンが抱く様々な疑問にはちゃんと答えが出るのでご心配なく(セルフツッコミ的な独白が楽しい)。

 その一方、物語の中盤、強盗騒ぎで知り合った若者が発する“一言”が読者の度肝を抜く。しかもその一言が物語全体に大きく関わってくるあたりの仕掛けの上手さがなんとも原りょうらしい。このシリーズが本格ミステリ愛好者にも熱烈に支持される所以だろう。年輪を経てますます輝く、悠揚迫らざる傑作だ。

新潮社 週刊新潮
2018年3月22日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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