『蘇るサバ缶』
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経堂の酒場と石巻の水産会社 人情長屋さながらの実話です
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
世田谷区経堂(きょうどう)の、銭湯を模したイベント酒場「さばのゆ」は、宮城県の「木の屋石巻水産」と懇意にしていた。イベントの打ち上げに木の屋のサバ缶やクジラ缶が供され、客の人気となっていた。
金華サバの旨さが経堂の他店にも伝播した矢先にあの地震が起こった。さばのゆのオーナー(著者)は、木の屋の工場や倉庫が港に近いと知っており、目の前が真っ暗になった。そしていつも顔を出す営業マンを始めとする木の屋の社員たちと電話がまったくつながらないことに悪い予感を募らせた。
電話がつながり、対面を果たした後の展開を、さあ何に例えよう。それはノンフィクションでありながら、小説でも出来過ぎという話になってゆくのだ。
津波によって100万缶流出とのことだったが、何もかもなくなった工場跡に相当数の缶詰が埋もれているとの第一報。しかし水道がやられ水がない。届けるが何とかならないか。
汚れ、ヘコみ、異臭を放つものの、中身は何ともない。旨いのだ。タワシや歯ブラシで洗いにかかると、さばのゆの前で何か始まったと人だかりができる。他店主が手伝いにきて、ボランティアを申し出る人も現れた。
これを1コ300円で売った。いや、300円の義援金に1コ付けるという形を取った。著者はSNSで発信した。マスコミの取材もあり、ラベルのないデコボコの缶詰はアッと言う間に広まった。
そしてそれは、いつしか「希望の缶詰」と呼ばれるようになった。
すべてが順調だったわけではない。心ない中傷や紆余曲折はあったが、何と22万缶を売り切り、木の屋は被災地において逸早く業務を再開したのだ。
まるで落語の人情長屋さながらの連携である。3・11に合わせての出版であるが、発行日に御注目あれ。3月8日、そう、実はサバの日なのだ。