『ウールフ、黒い湖』 ヘラ・S・ハーセ著

レビュー

6
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ウールフ、黒い湖

『ウールフ、黒い湖』

著者
ヘラ・S・ハーセ [著]/國森由美子 [訳]
出版社
作品社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784861826689
発売日
2017/11/10
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ウールフ、黒い湖』 ヘラ・S・ハーセ著

[レビュアー] 三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

植民地の人々の人生描く

 プリアンガン山地、奥深くに作られた水を湛(たた)えた棚田。キラキラと光る川(カリ)で捕まえた川ガニ、裏庭の真っ赤なカンナと、母親が日差しをよけながら風を感じている籐(ラタン)のロッキングチェアのある風景。集落(カンポン)で生まれ育った真っ黒な瞳のウールフ。

 幼少期の目に焼き付いた彩りと、匂いをそのままに再現しながら、著者の語りは湿った農園クボン・ジャティに私たちを誘う。

 親友だったウールフと外で遊んだ日々。そしてウールフとともに中学校へ通ったジャカルタの風景。社会の変動の中でもがき、「ぼく」から離れて独立の闘士となっていったウールフの顔に初めて認めた「他人」。この小説は、回想する「ぼく」の目を通して友達ウールフの人生を描いている。「ぼく」はウールフを理解していなかったのか。それは「ぼく」が東インドにいるオランダ人で、ウールフが現地人だったからだろうか。「ぼく」はあまりに無邪気で、ずっと彼を親友だと思い込んでいただけなのだろうか。

 著者は東インドに育ったオランダ人の女性で、彼(か)の地が日本軍に占領される数年前に、オランダに渡った。日本の敗戦後、独立を宣言したインドネシアに、オランダは軍を派兵する。その頃、2歳の長女を失った著者は、オランダにも完全にはなじめぬまま「故郷」が跡形もなく消失していくのを眺め、二重の喪失感に襲われる。

 そこで彼女が書き上げたのが、「ぼく」とウールフの物語だった。植民地で育った「ぼく」の目を通して、もう決して蘇(よみがえ)らない故郷を描きつつ、現地の人たちの人生に思いを馳(は)せるのだ。

 驚くほど素直な語りは、著者の内面の豊かさをそのままに表わしている。自分と邂逅(かいこう)しながらも決して届かない他者を思い、感じたことをありのままに語る。他者を思い、差し出された語りは、植民地の時代が遠くに去った今も古びずに、私たちの心にまっすぐ届く。国森由美子訳。

 ◇Hella S. Haasse=1918~2011年。劇作、詩作、小説、文芸評論など、戦後オランダを代表する文豪。

 作品社 2000円

読売新聞
2018年3月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加