少年探偵vs怪盗!思わぬ仕掛けに唸る冒険活劇

レビュー

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怪盗不思議紳士

『怪盗不思議紳士』

著者
我孫子, 武丸, 1962-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041057414
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

少年探偵vs怪盗!思わぬ仕掛けに唸る冒険活劇――【書評】『怪盗不思議紳士』大矢博子

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 我孫子武丸が脚本を担当し、「劇団ヘロヘロQカムパニー」によって上演され好評を博した『怪盗不思議紳士』が、著者自らの手により小説として生まれ変わった。終戦まもない東京を舞台に繰り広げられる、少年探偵と怪盗の対決物語である。

 ――終戦まもない? 確か大正時代の話だったはずでは……と思ったあなたはヘロQファンですね? 実は本書は、もともとの脚本からかなり思い切った変更がなされているのだ。したがって、舞台を見た方でも、きっと新鮮な気持ちでページをめくっていただけることと思う。本書で初めて不思議紳士と瑞樹少年に出会うミステリファンや我孫子ファンは言うまでもない。

 さて、あらためて。

 物語の始まりは昭和二十年。戦災孤児の草野瑞樹は、ひょんなことから探偵の九条響太郎と知り合う。九条探偵は戦前、不思議紳士と名乗る怪盗といくつもの伝説的対決を果たしてきた名探偵だ。金持ちしか狙わず、一滴の血を流すこともなく、予告状を出してからあっと驚く手段で美術品などを盗んでいく怪盗不思議紳士と、それに立ち向かう九条探偵の名対決は、世間にも広く知られていた。

 瑞樹がその九条探偵の助手となり、自らも修業を重ねていた昭和二十二年のある日。久しぶりに不思議紳士を名乗る強盗事件が発生した。警察に頼まれ調査を始めた九条だったが、思わぬ悲劇が九条を襲い……。

 と、ここまでが版元サイトなどに公開されている粗筋だ。だが、この先を知っていただかなくては本書の醍醐味は伝えられないので、敢えて書くぞ。

 九条は爆破に巻き込まれ、早々に死んでしまうのである。え、じゃあ、どうすんの。瑞樹少年がひとりで頑張るの? いやいや、ここからが面白い。なんと九条の生前に彼の影武者を務めていたという、九条に瓜二つの俳優崩れの男が登場するのである。名前は山田大作。似ているのは顔だけで性格はまるで違うんだが、瑞樹はこの山田を九条に仕立て上げるのだ。

 つまり、名探偵とその少年助手に見せかけて、実際は瑞樹少年が偽九条をコントロールしながら事件に挑むという趣向なのである。なんて楽しい!

 そして届く次の予告状。瑞樹は偽九条とともに現場の屋敷に乗り込み、頭脳をフル回転させることになる。探偵が偽者だとバレないよう、あるときは先回りして予防線を張り、またあるときは後からフォローする。絶妙の掛け合いや絶体絶命からの逆転など、ハラハラしたりニヤニヤしたりで、なるほどこれは舞台映えしそうだ。

 もちろん楽しいだけじゃない。少年探偵による正統派冒険活劇でありながら、そこは我孫子武丸だもの。ミステリとしての仕掛けとサプライズは天下一品。息をもつかせぬアクションと二転三転の展開の中で、あっ、そういうことだったのか、という驚きとカタルシスが随所にちりばめられている。のみならず、最後にある事実を知らされたときの驚きたるや! 読者(と登場人物)の思い込みを逆手にとるのは本格ミステリの定番だが、まさかそこを突くのか、と唸ってしまった。

 そして何より、本書は少年探偵の成長物語であるという点も忘れてはならない。年齢に似合わぬ頭脳を持つ瑞樹少年は、一見、大人相手に互角に立ち回る。しかしやはり子どもなのだ。懸命に背伸びをしてすべてを自分ひとりでやろうとする瑞樹に、山田をはじめ大人たちは、人を信じ、甘え、頼ることの大切さを少しずつ教えていく。自分が無力だと自覚したときが成長の始まりなのだと、行動を通して諭していく。その様子がとても温かい。脚本と時代設定を変えたのは、子どもが大人に守られまっすぐに育つことを許される平和な社会の訪れを示唆しているのではないだろうか。

 頭脳戦とアクション。謎解きと情。そのすべてを備えた、エキサイティングな探偵物語である。もしかして、という含みを持たせたままの部分もあるし、これはぜひともシリーズ化を!

KADOKAWA 本の旅人
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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