若き物流の天才・三成の最後の一矢――矢的竜『三成最後の賭け』

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三成最後の賭け

『三成最後の賭け』

著者
矢的 竜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103516811
発売日
2018/03/22
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

若き物流の天才・三成の最後の一矢

[レビュアー] 大野芳(作家)

 本著のタイトルにある「賭」とは、天下分け目の関ヶ原の合戦の「奥」にある。

 慶長三年八月十八日、太閤豊臣秀吉が薨去した。秀吉の遺児秀頼は、まだ数えで六歳。豊臣政権の維持を計った石田三成は、五大老・五奉行による合議制を布いて秀頼の成長を待つ予定だった。ところが大老のひとり徳川家康の跳梁(ちょうりょう)が気になった。秀吉が禁じた、大名同士の婚姻・養子縁組を無断でとり結び、他国との交通を勝手に破って版図を拡げ始めたからである。譴責するも馬耳東風であった。

 折しも、大老のひとり前田利家が他界。残る大老は、毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家の三名のみ。豊臣恩顧の大名が健在なうちに家康を叩かなければならない。理非曲直を正すときは、いまを措いてなし。

 慶長五年九月十五日午前八時ごろ、主戦場関ヶ原の西と東にわかれて約十七万の兵が戦いの火蓋を切った。勝負は約八時間後に決し、東軍家康に凱歌があがった。敗れた三成は小西行長、安国寺恵瓊(えけい)とともに捕らえられ、同年十月一日、京都六条河原において斬首、三条橋にさらし首にされる。

 本著の著者矢的竜は、この斬首の刑こそが「家康の悪業」を天下に知らしめる三成の最後の「賭」という、斬新な歴史解釈を加えたのである。

 石田三成は、とかく好印象をもたれる武将ではなかった。秀吉の威光を笠に権力を恣にした狡智に長けた奸臣のイメージが強い。その悪人説の根拠は、家康を尊崇する江戸時代の史家がこぞって三成を貶める記録を書き残したからである。この弊害を慮った三井合名の専務理事朝吹英二は、明治四十年に、東京帝大教授渡辺世祐(よすけ)に託して『稿本石田三成』(私家版)を出版した。朝吹は、その序文に「徳川幕府は、初めより、その存続に不利なる事実伝説の湮滅を勉め、民間の学者も、亦幕府に阿(おもね)りて斯(かか)る紀事論評を避けたればなり」と書いている。

 石田家は、近江の土豪であり、父正継と長男正澄は秀吉に仕えていた。次男三成は、幼名を佐吉といい、幼いころに母の生家の菩提寺別院の「法華寺」に預けられた。行儀・作法・読み書きのほか、二百人余の僧侶の食糧を毎日調達する仕事を任された。これが長じて人心掌握とロジスティックの重要性に目覚めるきっかけとなった。

 天正八年二月、秀吉に仕えた三成は、戦勝に沸く長浜城内で催された茶会の接待役に選ばれた。二十一歳のデビューである。接待を命じられた相手が小西行長であった。商人から士分になった小西は、秀吉に召し抱えられたばかりだったが、外国の事情に明るかった。これを縁に三成と小西は、刎頸(ふんけい)の友となる。

 天正十年六月、主君織田信長が明智光秀によって本能寺に斃れたと知った秀吉は、攻略中だった毛利輝元側の備中高松城の水攻めを中断し、毛利と和睦して京に「大返し」をする。この和睦の毛利側の交渉役が外交僧安国寺恵瓊であり、やがて三成と志を分かち合う仲になる。三成のロジスティックの経験と人心掌握の才は、秀吉の国土平定に大きく貢献することになる。

 天正十三年、秀吉は、「唐入り」即ち朝鮮、明への侵攻を口にしはじめた。これが家康の入れ知恵、と三成は睨んでいた。将兵の渡海はともかく、食糧の補給には莫大な費用がかかる。そうと分かって家康は、秀吉を焚きつけたのである。

 豊臣政権を支えて万民の楽土を思い描いた三成は、政権基盤をゆるがす朝鮮出兵だけは断念させようと秀吉の弟秀長に「中止」を具申する。だが秀長は、これを諫言すれば関白の怒りが爆発するとの理由で動いてはくれなかった。対馬の領主宗義調(よししげ)・義智(よしとし)父子に、「朝鮮国王を連れてこい」と厳命する秀吉に、三成は面従腹背のそしりを覚悟して、小西、宗父子と語らって偽の招聘書を朝鮮国へ送った。むろんこれが解決策になるわけもなく、食糧補給のメドを半ばに出兵となった。

 文禄・慶長の二度にわたる出兵に協力しなかった家康が、朝鮮との和睦のチャンスを陰でつぶした張本人と著者は見立てる。それがために豊臣家臣団に亀裂が入り、最終的に三成の「最後の賭」に至るのである。

 本著は、朝鮮出兵を軸に、朝鮮の国情をつぶさに描き、豊臣恩顧の武将加藤清正ら武闘派と三成ら撤退派との確執・離反を、家康の策謀によるものとしている。戦国最後の戦いが、日朝の歴史に深く関わっているとの記述にとりわけ惹かれる。

新潮社 波
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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