巨大組織を動かし、社会問題を解決する 三浦瑠麗――『経済学者、待機児童ゼロに挑む』鈴木亘

レビュー

5
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経済学者、待機児童ゼロに挑む

『経済学者、待機児童ゼロに挑む』

著者
鈴木 亘 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103517115
発売日
2018/03/23
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

巨大組織を動かし、社会問題を解決する

[レビュアー] 三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

 保育改革の第一人者、鈴木亘さんの新著が出ました。実はこの本、ご夫妻の「保活」から始まっています。存じ上げなかったのですが、奥様も研究者とのこと。3人のお子さんを育て、不安定な任期付きの職を転々とし、引っ越しやアメリカでの在外研究などのたびに、保育園を求めて行脚する奮闘記がとにかくすごいのです。

 16年間にわたって保育園にお子さんを通わせ、公立や私立の認可保育所、東京都の認証保育所、一時保育、アメリカの保育園などを含め、多彩な保育園を経験されている鈴木夫妻ならではの知見もたくさん詰まっています。保活もして、6年間保育園に通わせていろいろ考えた身としては、膝を打つ箇所が多々あります。例えば、株式会社運営の保育園に対するいわれなき偏見だとか、「認可」の良いところと、東京都の制度である「認証」の良いところとか、うんうん、と頷けるところばかり。

 逆に、よく知らなかったこともあります。私自身が読んでいて面白かったところは、同じ私立でも、ノウハウが均(なら)されていてベスト・プラクティスを共有しやすい株式会社のチェーンの保育園と、多くが家族経営で、それぞれに個性も異なる社会福祉法人の保育園との違い。比較の視点を持って見るだけで、親にとっての保育園の使いやすさ、使いにくさが見えてきます。

 おそらく、人によって意見が分かれるのは、「お客様目線」と「保護者や園の連帯意識」のどちらがよいか、でしょうか。株式会社運営の場合、親は楽で、かつ行事に対する関わりもすべてお膳立てしてもらっていることが多いのですが、社会福祉法人の場合、気合を入れて保護者会が活動しているケースが多々みられることなど。

 あるいは、充実した教育のためにお金をどれだけ払いたいかという点も人によって意見が違うでしょう。鈴木さんは、アメリカの保育園を体験した感想から、いかに人々が「選べる」ことが大事かということを納得させてくれます。

 こうして、保活戦略についてひとしきり頷いたり感心したりしたところへ、待機児童がいなくならない理由がズバッと解説されます。一言で言うと、社会主義的な供給だからということ。こう言うとすぐに「市場原理主義者」のレッテルが貼られがちなのが日本社会ですが、実際に説明は非常にわかりやすく、すぐに納得のいくものとなっています。

 ではどのような改革が必要なのか。待機児童解消のための改革項目が洗い出されたところで、やるべきことは分かっているのになぜ改革が進まないのか、という本質に本書は切り込みます。利害関係者の反対運動など、著者の実体験に基づき、改革の現場がカラフルに描かれているのもリアルです。

 そして満を持して登場するのが、小池百合子都知事の顧問として働き始めてからの改革の全貌です。改革は項目を並べるだけでは成立しない。迂回策をあえて活用することもある。その意図も含めて改革プロセスを読んでいくと、どうやって物事を前に進めるかが学べます。待機児童の受け皿の増設目標を都の職員たちと議論しながら頑張らせ、増やすこと。すぐに受け皿を増やしつつも長期的に維持できる施設を作っていくこと。改革の足を引っ張る勢力と綱引きをしつつ、知事のトップダウンの意思決定過程を常態化させること。育休短縮を望まない場合でも、0歳児保育を希望せざるを得ないような保活の状況を変えること。区や市とうまく連携して都内で一斉に保育に関わる各基準を変更し、改革を実現すること。

 実際に、鈴木さんの活躍は八面六臂のすさまじいもの。しかも、政策自体は全体像の設計が大事でも、改革を実行する「人」がものを言う部分は随分とミクロな世界。リーダーが改革を進めたければ、まず誰を推進役に選ぶかということが肝心であることがよくわかりました。

 そして、私がいたく感動したのは、私の小さい頃の愛読書と鈴木さんのそれが同じだったこと。『モモちゃんとアカネちゃん』という松谷みよ子さんの童話シリーズです。当時の働くお母さんの、うれしさと悲しみが詰まったその本は、ちょうど鈴木さんや私のような世代を育ててくれた、親の世代のお話です。鈴木さんはなんで、働く母親のためにこんなに頑張ってくれるんだろう、と思っていた私。それは、当時の母たちの苦しさまで分かったうえでのことだったのだ、と感じ入ったのでした。

新潮社 波
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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