【文庫双六】核戦争後の世界を描く奇才エリスンの傑作――梯久美子

レビュー

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核戦争後の世界を描く奇才エリスンの傑作

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】冷戦期に描かれた異色のSF小説――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/549603

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 ジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』は、ソ連が作り出した食人植物が、次々と人間を襲う話。冷戦時代ならではのディストピア小説である。

 冷戦を背景にしたSF小説は多い。中でも60年代から70年代にかけて豊作だったのが、核戦争後の世界を描いた作品だ。

 私のお気に入りはハーラン・エリスンの短篇「少年と犬」。核戦争後の瓦礫と化した街に生きるチンピラ少年と一匹の犬が主人公である。

 この犬は人間の言葉を話すだけではなく、世界がまともだった頃に人間が知っていたことを少年に教え、生き抜く知恵を授けてくれる存在。第3次世界大戦で活躍した、異種交配によるテレパシー犬の子孫という設定である(ちなみに交配に使われた優れた能力を持つ犬種は、ドーベルマン、グレーハウンド、アキタ、プーリ、シュナウザーということになっていて、最近話題のわれらが秋田犬もちゃんと入っている)。

 地上は無法地帯になっているが、一部の人々は地下にコミュニティを作り、昔ながらの生活を営んでいる。そこから地上にあがってきた美少女と、少年は恋に落ちる。

 あるとき犬が怪我と飢えのために動けなくなる。二人が生き延びるために犬を捨てていこうと少女は言う。

「あたしを愛してるんなら、早くしてよ」

 そう迫られた少年の下した決断は――?

 友情と愛のどちらをとるかという究極の選択が、極限状況の中で行われたらどうなるか。ぞっとするほどブラックな展開だが、思わずにやりとしてしまう痛快さもあって、さすがは奇才エリスンといったところ。

 この作品はわかりやすいストーリーだが、表題作「世界の中心で愛を叫んだけもの」はほとんど説明不能な、しかしSF史に残る異様な傑作。十数年前に似たタイトルの恋愛小説があったが、こちらが本家本元である(ストーリーは似ても似つかないのでご安心を)。

新潮社 週刊新潮
2018年3月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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