ようこそ、白隠劇場へ イラストレーター・伊野孝行

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

禅のこころを描く 白隠

『禅のこころを描く 白隠』

著者
芳澤 勝弘 [著]/山下 裕二 [著]/石川 九楊 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784106022807
発売日
2018/03/30
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ようこそ、白隠劇場へ

[レビュアー] 伊野孝行(イラストレーター)

 ジョンもジョブズもハマったZEN。ジョン・レノンは日本に来た時に白隠の禅画を買って帰った。山下裕二さんによるとあの「イマジン」は白隠の墨跡《南無地獄大菩薩(地獄も極楽も人間の心に映る影のようなもの)》と同じことを言っているのだという。確かに「想像してごらん」を頭にくっつければ「イマジン」の歌詞そのものだ。

 白隠慧鶴(えかく)(1685~1768)は日本の禅の中興の祖と呼ばれる。独学の絵は隙だらけの無技巧だが、描きたいことであふれている。この存在感はプロの絵師には出せない。一万点を越えるという量からしても日本美術史に比類がない。本書には白隠の友達、池大雅(いけのたいが)の絵も載っているので見比べてほしい。一目瞭然で質の違いがお分りになるだろう。どうしてこんな絵が描けるのだろうと大雅も思ったはずだ。私もそう思う。

「いいな」「すげえな」と思うことが私にとっての「理解」である。その意味で私は白隠をよくわかっている。でも白隠禅画は賛と絵が一つになって意味がわかる、いわば一コマ漫画。そこに込められたメッセージとなるとさっぱりわからない。そもそも書いてある文字が読めない。白隠にとって禅画は思想を伝える手段なのに、私は絵だけを見て「わかる」と言っちゃってるわけだ。

 そんな私にうってつけなのが本書の芳澤勝弘さんによる白隠禅画解読である。禅の開祖達磨はもちろん、乞食姿の大燈(だいとう)国師、ハマグリになった観音様、布袋さんにすたすた坊主……多彩なキャラクターが登場する絵画世界を芳澤さんは「白隠劇場」と呼ぶ。白隠が漫画的キャラを操って説こうとした深い禅の思想とは何だったのか?

 白隠はそれまで貴族的だった禅を民衆に広めた人で、我々がよくわからないままに禅だZENだと言ってるのも、ジョン・レノンが「イマジン」を作ったのも、白隠さんのお蔭かもしれないのだ。白隠は公案(いわゆる禅問答の問い)も自ら考えた。有名なものに「隻手の声」というのがある。「両手を打ち合わせると音が鳴るが、では片手の音とはどんなものか」という謎かけだ。作麼生(ソモサン)! 皆さんなら何と答えますか?

 余談になるが、芳澤さんと私はEテレの五分間アニメ「オトナの一休さん」(ただいま絶賛再放送中)の監修者と作画担当者という縁で結ばれていた。本書の元になっている「芸術新潮」の白隠特集の時は、私は一読者に過ぎなかったのだが、因縁が私を呼んだ。「白隠の禅画は誰のために描かれたのか不明なものが多い。伊野さん、そこを想像して漫画に描いてみませんか?」と芳澤さんに頼まれた。これが禅問答なみの難問だった。巻末のオマケ漫画「白隠ゑかくかく描けり」がそれです。

 あ、そうそう、禅問答には答えなどないのです。筋道だった答えを用意しても「喝!」なのです。禅の公案とは澄んだ自由な精神を手にするための使い捨ての道具にすぎないのだそうだ。さて、私の漫画はそんな自由な答えになっているのだろうか……。

新潮社 波
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加