渕書店 BOOKSTORE FUCHI「この臨場感。ほんとにピアノコンクールを体験しているみたいだ。」【書店員レビュー】

レビュー

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蜜蜂と遠雷

『蜜蜂と遠雷』

著者
恩田陸 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344030039
発売日
2016/09/23
価格
1,650円(税込)

この臨場感。ほんとにピアノコンクールを体験しているみたいだ。

[レビュアー] 渕書店 BOOKSTORE FUCHI(書店員)

蜂の羽音、雨がトタン屋根を打つ音、それすらも旋律に聴こえる者がいる- 。ピアニスト達がプロを目指し技量を競うコンクール。そのひとつである芳ヶ江国際ピアノコンクール数日間の物語。本コンクールは世界レベルのもので、登場する主要人物たちは皆、才能に恵まれた音楽家達だ。伝説のピアニストであるホフマンの最後の弟子であり、音楽界に彼が生前、遺言のような紹介状とともに送り込んだ「ギフト(作中表現)」である無名の少年ピアニスト風間塵が物語のリード役となるのだが、天才少女であった過去を持つが母の死をきっかけにクラシックから身を引いて長いブランクのある亜矢、コンテスト審査員の愛弟子である才能豊かで既に音楽業界で定評のあるマサル、楽器店に勤めプロになることを諦めていた28歳の明石、この4人が主要人物となる。ただ本作の妙は、その他のコンテスタント(出場者)達、その実力を見極める審査員、多数の観客者、それらの心の動き、会場の雰囲気を伝える描写(例えば、ピアノの調律のシーン。コンテスタントの出したい音を調律師との間で演奏前に確認をする様などはほとんどの読者を驚かせるだろう)にあり、それらがつぶさな筆致で描かれ、読者をコンテスト会場の中にいるような臨場感に浸らせるところにある。さらに素晴らしいのは、作中で奏でられる音楽の、本来不可能であるはずの言語表現にある。一歩引くならば文章が音楽を想わせることに成功しているということ。その音楽的な文章に乗り、コンテスタント、その身近な応援者、審査員、一般の観客等、コンテストに関わる全ての人がそれぞれのポジションごとの熱を持ち、コンテストの全体像が浮かび上がる。物語が進むにつれコンテストという怪物がその呼吸ごとに膨らみ縮む。読者を含めて彼ら全員がその中で一喜一憂するという具合である。ホフマンの遺言となった「音楽を外に連れ出す」という言葉が作品の謎かけになっているのだが、塵の演奏中に亜矢の心の中で彼と会話するという場面がある。完全にファンタジーなのだが、もしかしたらそうしたやり取りができる能力がある者達が実際にいるのではないかというような錯覚に読者は陥る。「音楽の神様に愛される」ー 物語に出てくるこの言葉が作品全体を覆う。読者をぐいぐい惹きつける。

トーハン e-hon
2017年12月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

トーハン

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