軍事的特性を冷静に見直す

レビュー

3
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日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実

『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』

著者
吉田 裕 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784121024657
発売日
2017/12/21
価格
886円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

軍事的特性を冷静に見直す

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 太平洋戦争における日本の戦没者は、軍人・軍属が約二三〇万人、民間人が約八〇万人、合計約三一〇万人に達する。この内、一九四四年以降の戦没者が全体の九割に及ぶとみられている。昭和天皇と戦争指導部の戦争終結決断の遅れで、かくも甚大な犠牲を強いられたのである。この、サイパン島陥落後の絶望的抗戦期にいかなる事態が起きていたのか? 本書は、歴史学の立場から「戦史」を主題化し、「兵士の立ち位置」から凄惨な戦場の現実を再構成する事を通して、「帝国陸海軍」の軍事的特性を明らかにするという主旨を基に書かれている。

 特に、兵士たちの「死の現場」を描く章は、従来余り語られてこなかった事実を伝えて印象深い。先ずは、戦死者の四割から六割に及ぶと推測される餓死者の異常な多さ。戦局が逼迫するにつれ、船舶による輸送は困難を極め、日本の商船隊は、暗号解読に成功していた米国潜水艦隊の餌食となった。兵站を軽視していた軍部のため、商船隊の護衛は後手に回り、食糧などの現地到着率は五割にまで落ちていたことが、餓死者の増大に輪をかけた。そして、艦船の沈没に伴う「海没者」は三五万人を超える。

 傷病兵の扱いも過酷を極めた。一九四四年のインパール作戦では、「落伍者捜索隊」が、歩けない者に自決を強制し、「応じなければ射殺した」。一九四五年、フィリピンのミンダナオ島では、部隊の撤退に際し、「戦闘にたえざる者は適宜処置すべし」という師団長命令が下った。

 ラバウル基地では、疲労した航空機搭乗員たちに、恒常的に覚醒剤ヒロポンが投与されていた。戦後、陸海軍が放出したことにより、全国にヒロポン中毒が蔓延したことはよく知られている。軍装の劣化も進み、牛革の不足により、鮫皮の軍靴まで登場。水筒も孟宗竹の代用品が支給された。

 本書によれば、帝国陸海軍の軍事思想の特徴は、「短期決戦」「速戦即決」の重視と、作戦・戦闘を全てに優先させる「作戦至上主義」。これは、兵站、情報、衛生、防御などを軽視する傾向と表裏の関係にある。さらには、極端な精神主義、英米軍の過小評価、軍隊内における私的制裁の横行、科学技術の軽視などが加わる。例えば陸軍は、通信の必要性への認識を欠き、有線通信に執着し、無線技術の開発で米軍に大きく遅れを取ることになった。艦砲射撃で有線通信網を破壊された日本の守備隊は、相互の連絡を絶たれ孤立した戦闘を余儀なくされた。

 本書を読めば、日本軍兵士たちが直面した「死の現場」には、日本社会が抱えてきた宿痾が集中して噴出していたことが分かる。旧日本軍に対する、根拠のない高評価や甘ったるいノスタルジーが飛び交う昨今、冷静に歴史の現場を見直す必要を問う、真摯な書と言える。

新潮社 新潮45
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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