『ナイス・エイジ』
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「自称未来人」。彼は本物なのか 「真実不在時代の新文学」誕生
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
2019年からの新元号は、この本のタイトルと同じ、「Nice Age」を意味する二文字である。
「え?そうなの?」と一瞬思ったあなたはすでにこの小説世界に取り込まれている。「自称未来人」がネットで大々的に「予言」した元号などたとえ当たっていたとしても発表までに変更されるだろう。予言が間違いだったとは言い切れない。
作中で、元アイドルにしてAV女優の絵里が取り込まれるのも、そんな理屈の無限ループである。ネットのオフ会にやってきた、「2112年からタイムトラベルしてきた孫」を自称する進次郎という若い男を、本当に自分の孫だとは信じていないからこそ「真実が嘘に勝つことを証明するための勝負」だと言って、ずるずると部屋に住まわせてしまう。
「自称未来人」の投稿者は、ネットの掲示板で「2112」と呼ばれ話題になっていた。「2112」かもしれない、その進次郎の動静を、絵里は「アキエ」という母親の名前をハンドルネームにして実況する。過去のブログなどから身元や住まいを特定され、マンションにネット民が押しかけてくるようになって、予言がなければ起こるはずのなかった爆発事件で死者まで出る騒ぎになる。
新興宗教にハマった母親との間に葛藤を抱える絵里の真意も、何を聞かれてもそれなりの答えを返す進次郎の内面もいっさい明らかにされない。子どもだましの設定の表面をつるつるとすべりながら、フェイクが現実の中で実体を獲得していくようすがとにかく面白い。本の帯にある、「真実不在時代の新文学」という惹句がぴったりくる。
「新しいものが上書きされてゆく中で、色んなものが消えていったんだよ」。百年後を語る進次郎のせりふは現在進行中の政治劇を彷彿させるが、ユーチューブに投稿された動画で新元号について語る作者の映像を見る限り政治的意図はまったくくみ取れない。新潮新人賞受賞作の中篇「二人組み」も併録。