戦地における「正義」とは何か 企みにも満ちた戦場ミステリー
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
浅田次郎は正義を信じる作家だ。
『長く高い壁』はその浅田が手掛けた初の戦場ミステリーである。戦地では人命の価値が限りなく無に近づき、本来糺(ただ)されるべき道徳の紊乱(びんらん)も看過される。そうした場所において真っ当な倫理観を主張することは可能か、また法治主義は守られうるのか、と戦場ミステリーは読者に問いかけてくる。いかなる状況下においても正義は貫かれるべし、という信念が試される小説なのである。
暴支膺懲(ぼうしようちょう)のスローガンを盾に日本軍が中国大陸で軍事行動を起こしてから一年余が過ぎた一九三八年秋、従軍作家として北京にいた小柳逸馬(こやなぎいつま)の元に前線行きの要請が入る。燕山(えんざん)山脈のふところ深い場所にある密雲(みつうん)で起きた事件を調査せよ、というのがその密命の主旨である。検閲班長の川津中尉を伴って密雲の地に降り立った小柳を待っていたのは、万里の長城の一画、張飛嶺(ちょうひれい)を守っていた分隊の兵士十人が一切の外傷もなく絶命した、という怪事件だった。
小柳と川津の二人は、現地憲兵隊の古参・小田島曹長の助けを借りて捜査を開始する。小田島曰く、密雲の守備兵は、軍役不適格や素行不良ばかりの「ろくでなし」であったという。そうした背景が事件に関係しているのか否かといった事情聴取や、死因特定のための議論はミステリーの作法に則ったものである。さらに、なぜ軍属でもない小柳に探偵役が任されたのか、という疑問もあり、解かなければならない謎は重層的だ。浅田の筆致はさらりと軽いのだが、意表を突く形で手掛かりを示すなど企みに満ちた書きぶりであり、最後まで油断はできない。
真相が解き明かされたあとに読者の魂を鷲掴むような展開が待っている。このくだりを読んで、私は海外のある古典名作を連想した。それほどの大仕掛けである。本作が戦場ミステリーの形で書かれた理由は、おそらくここにある。汚辱と高潔の境目を浅田はくっきり描いてみせた。