「保活体験者の経済学者」が挑んだ“待機児童ゼロ”記

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経済学者、待機児童ゼロに挑む

『経済学者、待機児童ゼロに挑む』

著者
鈴木 亘 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103517115
発売日
2018/03/23
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

制度の矛盾や欺瞞も突くがじつは「改革の大冒険記」

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 うちの近所でも、待機児童問題は膠着状態のようだ。あきらめて転出する世帯もある。認可保育所に子どもを預ける際は、両親の労働状況や家庭環境が点数評価され、点の高い順に割り当てが決まる。だから若いパパママはありのままではいられず、「点数の高い家庭」を目指して働き方を見直す。本末転倒だ。

 施設や保育士の不足はどの程度のものか、どう解消すればいいのか。この本は問題点をデータとしてまとめるのではなく、読み物として書いているところがいい。著者は経済学者にして小池都知事のブレーン(待機児童問題)、そして三人の子の「保活」体験者でもある。

 保育士の賃金が低すぎて人手が足りないと言われる。たしかに自活できないような薄給保育士は存在するが、公立認可保育所の正保育士は公務員だから高給で、昇給もする。これが自治体の保育関連予算を圧迫するのは自明の理だが、そう指摘したために著者はちょっとした炎上事件まで体験した。保育士の待遇改善を訴えている人にとっては「給料が高い人もいる」という発言が迷惑なのもわかる。ただ、現在では給与体系の見直しや保育士の若返りなどで、官民の差は縮まったはずだ(情報公開はなし)ということらしい。

 著者は、公費依存からの脱却や保育士不足の解決について、きわめて具体的な策を提案している。しかもそのロジックは従来の制度の矛盾や欺瞞を突くクソ真面目(失礼)なもので、笑ってしまうぐらい魅力的だ。そのほかにも、変化を嫌うお役所に動いてもらう方法、立場の異なる人たちのあいだに立ってそれぞれを納得させる方法などは実際になされたことの記録なので、説得力も熱量もたっぷり。この本は待機児童問題の教科書としても役にたつけれど、それよりも「ほころびのある制度の改革に挑む大冒険記」として読むのが楽しい。広く知ってもらいたいことは、こんなふうに発信するのがいいと思う。

新潮社 週刊新潮
2018年4月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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