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激動期のドイツを背景にしたエンターテインメント
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
ドイツの近代史に詳しい作家といえば須賀しのぶ。そんな彼女の大藪春彦賞受賞作『革命前夜』が文庫化された。
一九八九年。昭和が終わったその日、東ドイツにやってきた眞山。ドレスデンの音楽大学にピアノ留学するためだったが、天才肌の学友たちに揉まれ、“自分の音”を見失う。町では自由を求め地下で活動する人々と出会い、隣人ですら疑う監視社会の厳しさを肌で感じ、さらに事件にも遭遇するなか、彼は少しずつ自分を見つめ直す。
一九八九年といえば、十一月にベルリンの壁が崩れた年だ。眞山の精神的な成長と、冷戦終結の機運の高まりが、壁崩壊のその瞬間まで濃密な緊張感のなかで描かれる。曲が聴こえてきそうな精密な演奏描写にも圧倒される。青春音楽小説、そして歴史小説として、読み応え満点の長篇。
激動の時代のドイツを背景にしたエンターテインメントといえば、イギリスの作家、フィリップ・カーが浮かぶ。皮肉屋の私立探偵ベルンハルト・グンターを主人公にしたベルリン三部作の第一作『偽りの街』(東江一紀訳、新潮文庫)は一九三六年、第二作『砕かれた夜』(同)は一九三八年、第三作『ベルリン・レクイエム』(同)は一九四七年が舞台で、ハードボイルドとしてはもちろん、この国の混沌とした時代背景が読める点でも魅力だ(残念だがいずれも現在は入手困難)。十五年の時を経て発表された続篇『変わらざるもの』(柳沢伸洋訳、PHP文芸文庫)の時は一九四九年、彼はミュンヘンでホテルを経営しているが開店休業状態。探偵業再開を決意したものの、簡単に思えた依頼が彼をナチの残党や地下組織が絡む過酷な事件に巻き込んでいく。敗戦後のこの国の暗部を掘り下げる衝撃作。
その後シリーズの邦訳は、海外に話が広がる『静かなる炎』(同)、『死者は語らずとも』(同)が刊行されている。未訳の続篇も多数あり、この四月発表のエドガー賞にもそのうちの一作がノミネートされていた著者だが、今年三月二十三日、六十二歳でこの世を去ってしまった。惜しまれる。