数学理論で犯人を追い詰めるクール&ホットなミステリ

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数学理論で犯人を追い詰めるクール&ホットなミステリ――【書評】『確率捜査官 御子柴岳人 ファイヤーゲーム』タカザワケンジ

[レビュアー] タカザワケンジ(書評家、ライター)

 大学で准教授を務める少壮の数学者であり、警察から請われ〈特殊取調対策班〉にも席を置く。「確率捜査官」こと御子柴岳人が活躍するシリーズ第三弾である。

 炎が荒れ狂う火事現場。意識を失った同僚の身体を背負い、たった一人で脱出を試みる消防士。ハリウッド映画『バックドラフト』を思わせるようなド迫力のシーンから物語は始まる。今回の事件の発端は連続放火。特殊取調対策班に依頼されたのは、次のターゲットとなる地域を割り出すことだ。

 だが、犯罪者の次の行動を予測することなど可能なのだろうか。その答えは御子柴が研究する数学と関わりがある。御子柴の言葉を借りれば「確率論とゲーム理論を応用すれば、その程度のことは簡単に割り出せる!」(本文より)のだという。

 この御子柴という男、数学の知識と明晰な頭脳の持ち主だというだけではない。中性的で色白のイケメンで、女性警察官たちから「白衣の王子様」と呼ばれているほど。しかし口を開けばそのイメージは吹き飛んでしまう。依頼された仕事にはまず「嫌だ」と即答。数学の話が通じない人間との会話はボイコット。特殊“取調”対策班にもかかわらず、取調室ではサングラスをかけて容疑者と目を合わせようともしない。しかも手にはつねにチュッパチャプスがあり、四六時中口に入れているといった「変人」なのである。

 一方、この御子柴の相方を務めているのが新妻友紀。二十代の若手女性刑事だ。優秀だが少々感情的すぎるのが玉に瑕。ある事件に巻き込まれてこの班にやってきた。そして、御子柴に「(先入観で判断しがちな)バイアス女」「アホ」と罵声を浴びせられながら、事件の真相に迫ろうと奮闘している。御子柴が理系なら友紀は文系、御子柴がクールなら友紀はホット、御子柴が数字なら友紀は感情。正反対のキャラクターである。

 さて、連続放火犯が次にどこを狙うのか。御子柴はこれまでの放火場所をもとにサークル仮説を用いて犯人の活動範囲を見極めると、さらに犯行の法則性を見抜き、地域を限定してみせる。そして、友紀は見事に放火犯を捕まえるのだが、それはこれから起きる事件の発端にすぎなかった。

 炎が燃えさかる灼熱の火災現場から、御子柴の飼い猫がゴロゴロと喉を鳴らしている異色の職場、特殊取調対策班へ。そして鮮やかな推理と犯人逮捕。動から静、さらに再び動へと動いていくストーリーの語り口は実になめらか。あっという間に物語に引き込まれる。しかも、早々と出した結果の背後に、事件の本当の姿が少しずつ見えてくる。

 御子柴は犯罪者の心理を読み、推理にも長けているが、もっともその手腕を発揮するのは「取り調べ」である。御子柴にとって犯罪者はゲーム理論における誤った選択肢を取った人間であり、論理的に突き詰めていけば必ず破綻する。御子柴のその確信を活用しようと口説き落としたのが、班を率いる権野道徳。「落としの権野」と呼ばれた敏腕刑事である。

 御子柴とは水と油のような友紀が配属されたのも、おそらくは権野の深謀遠慮だろう。感情を抑えきれず失敗した経験のある彼女だが、その分感受性が豊かで共感能力も高い。ゆえに御子柴と友紀は理想的なペアなのである。ただ、当の本人たちは口を開けば罵倒し合う関係。異質な個性を持った二人がこれからどう成長していくのか、また、その関係性が変わっていくのかはこのシリーズの楽しみの一つである。

 なお、御子柴が勤務する大学は明政大学。学生の中には神永学のヒットシリーズでおなじみの名探偵がいる。神永にはすでにいくつものシリーズがあるが、いずれ相互に乗り入れていくのだろうか。それはともかく、このシリーズもまた、読み始めたら止まらないど真ん中のエンタメである。神永作品らしいサービス精神にあふれたミステリだ。

KADOKAWA 本の旅人
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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