儚く繊細な均衡を保つための見えない糸

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儚く繊細な均衡を保つための見えない糸――【書評】『友達以上探偵未満』宇田川拓也

[レビュアー] 宇田川拓也(書店員/ときわ書房本店)

 伊賀――といえば、忍者の里であり、松尾芭蕉生誕の地である。そして、二十一歳の若さで『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』による衝撃的なデビューを飾って以降、鬼才の名をほしいままにしてきた本格ミステリ作家――麻耶雄嵩の出身地でもある。

『友達以上探偵未満』は、そんな著者ゆかりの地である三重県伊賀市を舞台に、放送部に所属する伊賀ももと上野あおの女子高生コンビが関わる謎解き二作品と、ふたりの出会いのエピソードを収録した作品集だ。

 ももとあおのふたりは、よくいる「ホームズとワトソン」タイプではなく、お互い〝名探偵〟を志している探偵志望のコンビだ。中学時代から学内のみならず、伊賀署の刑事であるももの兄に協力する形で殺人事件も解決しており、当時〈名探偵・桃青コンビ〉ともてはやされた活躍は、高校に進学したいまも秘かに続けられていた。とはいえ、事件解決の立役者は概ね論理的思考を得意とするあおであり、直観型のももはほとんど〝おんぶにだっこ〟というのが実情なのであった。

 第一話「伊賀の里殺人事件」〈前編〉〈後編〉は、著者が原作を務め、二〇一四年に放送された視聴者参加型推理ドラマ『謎解きLIVE忍びの里殺人事件』のノベライズ的趣向の一編だ。

 放送部の部長から命じられ、芭蕉か色違いの忍者の衣装を着てクイズラリーに興じる「伊賀の里ミステリーツアー」を取材することになった桃青コンビだったが、その最中、参加者のひとりが殺害されてしまう。芭蕉生誕三百年を記念して建てられた「俳聖殿」で見つかった死体を見たももは、現場の状況からこれが芭蕉の句「初時雨猿も小蓑をほしげなり」を見立てたものではないかとにらむ……。

 続く第二話「夢うつつ殺人事件」は、うたた寝をしていた美術部の一年生である相生初唯が物騒な会話を耳にしてしまうところから幕が上がる。男女の生徒ふたりが交わす話の内容から、どうやら学校に伝わる怪談「お堀の幽霊」に見立てて二年生の男子生徒を殺そうと計画しているらしい。それからほどなく、まるで盗み聞きを警告するかのように初唯のカバンに怪談を想起させる赤い手形が。初唯は友達と連れ立って桃青コンビに相談を持ち掛けるが、後日、その男子生徒が殺されてしまう。しかも被害者のカバンには、やはり赤い手形がついていた……。

 どちらのエピソードも「奇しくも」というべき要素が含まれており、解けそうでいてそう易々とは解き明かせない、絶妙な難度の犯人探しになっている。ももが自信満々に「解ったり!」と声を上げたあとに繰り出す王手というにはいささか遠い推理のあとに、あおが理路整然と解決への道筋を示してみせる展開も、キュートかつクールな魅力にあふれ、じつに愉しい。

 とはいえ、あの麻耶雄嵩がこのテイストのままで終わるわけがない。

 中学時代のふたりが、夏合宿で起きたバレー部の女子生徒殺害事件の謎に挑む「夏の合宿殺人事件」〈前編〉〈後編〉で、本作は驚くべき真の貌を現す。

〈名探偵・桃青コンビ〉シリーズは、ももとあおが〝二人で一人〟だからこそ、前述のような〝キュートかつクールな魅力〟を発揮する。つまり、タイトルのとおり〝友達以上探偵未満〟の関係性が崩れてしまえば終わりを迎えてしまう、儚く繊細なバランスの上に成り立っているわけだ。

 読者は終盤で、この均衡を保つために巧妙に張り巡らされ、まるでマリオネットのように操る見えない糸を知ることになる。「伊賀の里殺人事件」、「夢うつつ殺人事件」の捉え方も一変するこの情愛と計略が混ざり合った真相に、本屋の店員的には著者の某作品と併売したい気持ちがむくむくと膨らんでしまった。

 鬼才の名をほしいままにしてきた麻耶雄嵩にしか描き出せない、今回も本格ミステリファンを刺激する貴重な収穫といえよう。

KADOKAWA 本の旅人
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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