[本の森 歴史・時代]『鍬ヶ崎心中』平谷美樹

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鍬ヶ崎心中

『鍬ヶ崎心中』

著者
平谷 美樹 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093864923
発売日
2018/03/07
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]『鍬ヶ崎心中』平谷美樹

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 今年は明治維新から150年という節目の年にあたる。約260年続いた幕藩体制を崩壊させ、近代国家への一歩を踏み出すきっかけとなった明治維新。新政府軍と旧幕府軍が戦った戊辰戦争を始めとする、多大な犠牲を払った日本近代の革命といわれている。戊辰戦争は、鳥羽・伏見の戦いに始まり、箱館戦争において土方歳三らが戦死し、榎本武揚は新政府軍に降伏し終結した。この激動の一年五ヶ月の出来事は、小説やドラマ、映画の題材として取り上げられていることもあり、ご存知の方が多いのではないだろうか。

『鍬ヶ崎心中』平谷美樹著・小学館)は、戊辰戦争終結の約半年前の盛岡藩閉伊郡宮古通鍬ヶ崎村を舞台に、幕府の復活を信じ、そのために己の命を捧げようとする和磨と、その一途な志を抱く男の姿に心を寄せる千代菊の悲しい恋の物語だ。

 宮古通鍬ヶ崎は、物流の拠点として栄えた港町で、多くの商人や旅人が降り立ち、江戸後期には、東北最大級の遊郭を中心とした花街が活気を呈していた地域である。

 鍬ヶ崎にある遊郭東雲楼の女郎・千代菊は、十五年過ごした苦界から解き放たれる年季明けの日を指折り数える日々を過ごしてきた。決して後ろを振り返らず、年季が明ける日へと続く明日のみを心の拠り所として生きていた。

 恋の物語、もう一人の主人公である七戸和磨は、新政府軍との戦いに参加すべく盛岡藩を脱藩した浪士。その和磨が鍬ヶ崎に流れついたのは、奇しくも旧幕府軍・奥羽越列藩同盟の中でも最後まで抵抗していた盛岡藩の降伏の直後のことだった。

 蝦夷地を拠点とし捲土重来を狙っていた榎本武揚の指示のもと、和磨が密偵としての任務を遂行すべく訪れた先の東雲楼で二人の人生が交わり、榎本が拠出した支度金で身請けされた千代菊が、足が不自由な和磨の身の回りの世話役を引き受けることで二人の物語が動き出す。作中、「生きている者は死者に勝てない。過去は時と共に美化されていくが、現在は未来に向かって劣化していく」という一文がある。過去に囚われ心を閉ざす和磨と、指折り数え続けた明日を手に入れた千代菊の二人に、心が通う日が来るのだろうかと思わせる著者の演出が憎い。

 戊辰戦争は、じつは箱館戦争のわずか二週間ほど前に宮古湾で起こった宮古湾海戦で勝敗が決したと言われている。新しい時代の幕開けの現場となった宮古湾海戦は、和磨と千代菊の二人の過去と明日を一つにつないだのだろうか。

 ぜひ読んで確かめていただきたい。

新潮社 小説新潮
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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