『二人の推理は夢見がち』刊行記念インタビュー 青柳碧人

インタビュー

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二人の推理は夢見がち

『二人の推理は夢見がち』

著者
青柳, 碧人
出版社
光文社
ISBN
9784334912178
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

『二人の推理は夢見がち』刊行記念インタビュー  青柳碧人

[文] 光文社

青柳碧人
青柳碧人さん

『二人の推理は夢見がち』刊行青柳碧人 インタビュー

書いてから、確認のために取材する方が、僕には向いているのかな

世界から数学が消えてしまったという特異な設定で話題になった「浜村渚(はまむらなぎさ)」シリーズをはじめ、意欲作を量産しつづけている青柳碧人。旺盛な創作のために、各地への取材はどう活(い)かされているのか?

――青柳さんは、作品執筆に際して、いつも取材をされますか? たとえば、デビュー作『浜村渚の計算ノート』の時は――

青柳 してないですね。僕はデビュー前、塾講師の仕事をしていたんですが、デビュー作はその頃考えていたことをもとに書いています。日常のなかで思っていたことを作品にしたという感じですね。

――最初に取材したのは?

青柳 「浜村渚」シリーズの三冊目に、函館(はこだて)に行く話があるんですけど(『浜村渚の計算ノート 3さつめ 水色コンパスと恋する幾何学』)、作品を書く前にプライベートで函館に行っていて、そのとき感じたことを書いているので、結果的に取材になったというか。それから、作品のために取材に行くということを意識しはじめました。読んだ方が「函館に行きたくなった」と言ってくれたりして。そういうの、なんかいいなと思いました。それから、「浜村渚」がテロリストの話で、日本各地でテロを起こしたりするので、それに合わせてあちこち行くようになりました。

――取材に行かれると、何をされます?

青柳 博物館や郷土資料館には行くようにしてますね。町の成り立ちや歩みについての資料を見るには一番いいので。だいたい、どこでも、縄文時代の展示から始まるんですけど。「またこの町も銅鐸(どうたく)出てるよ」とか思いながら(笑)。あと、僕、もともとお城が好きで、プライベートで「日本百名城」をめぐってるんですけど、それも作品のヒントになっていますね。だから、城下町が多いのかな。

――それでは、詳しい方に話を聞くような取材はどうでしょう。

青柳 しますよ。『ブタカン!』を書いたときは、演劇のワークショップに入ったり、早稲田大学舞台美術研究会という、日本で唯一の、舞台の裏方のサークルがあるんですが、そこの方に照明について話を聞いたりしました。

――そうやってお話を聞きに行く時点で、作品の内容はどの程度固まっているんですか?

青柳 それほど固まってません。どんな仕事なのか、どんなことが楽しくてその仕事をやっているのか、そういうことを知りたくなるんです。ただ、作品の中にどう活かすかというイメージは、その段階では、ほとんどなくて。だから、申し訳ないんですよね。「小説の取材です」ってことで話をとおしてもらったり、時間作ってもらったりしてるのに、作品が完成したら「全然俺の話活かされてないな」とか思われるかもしれないな、と思ったりしてます。「浜村渚」に京都に行くやつがあって(『浜村渚の計算ノート 5さつめ 鳴くよウグイス、平面上』)、京都の町を座標平面に見立てて殺人が起きるという話なんですけど、その時はいったん書き上げてから見に行ったんですよ。地図を参考にして殺人が起こる辻を決めたんですけど、行ってみたら「ここじゃダメだな」と思って書き換えるところがありましたね。一ヵ所、交番の真ん前が殺人現場になっちゃうところがあったり(笑)。あと、行ってみたら時計台があって雰囲気のいいところがあったので、シーンを追加したりもしました。そういう意味では後取材の方がいいのかもしれないですね、僕の場合は。いったん書いてみてから、確認に取材するという。そっちのほうが作品に活かされるような。

――新刊『二人の推理は夢見がち』執筆に際しては、大きく分けて三つの取材をされました。文化庁に人間国宝について教えてもらい、陶芸家の方にお話をうかがい、それから物語の舞台のモデルになる場所をもとめて群馬県の川場(かわば)村のあたりへ出かける、という。

青柳 文化庁の話は面白かったですよね。人間国宝がどういう風に決まるのかとか、人数の枠があるとか、工芸部門と芸能部門に分かれているとか、調査官の方が三人しかいないとか、いろいろ面白い話が聞けました。ただ、活かせませんでしたけどね(笑)。

――もともと、人間国宝にはなぜ興味を持たれたんですか?

青柳 そういう国の制度を知った上で、ありえないようなふざけた制度を作れないかな、と思いまして(笑)。「朧月(おぼろづき)市役所妖怪課」シリーズも似たような発想なんですけど、今回は国の制度のより細かいところを知りたいと思っていました。謎そのものが重要文化財指定される、とか、そんな話が作れないかな、と。ただ、文化庁の方々のお話をうかがうと、「これは、まじめに作らないといかんな」という感じで、足枷(あしかせ)がものすごいことになってしまって(笑)。文化庁で聞いた話の面白さは、自分の小説には活かしにくかったです。

――続いて、陶芸家さんにお話を伺いました。

青柳 陶芸家って、普段職業として意識しにくいじゃないですか。大学を出て陶芸家に就職するっていうようなものじゃないし。お話を聞いて、「たとえば重要無形文化財に指定されるなら、されたほうがいい」と思われてるんだな、というのが印象的でした。もっと俗世間から離れた考え方をしてるのかな、と思ってたんですけど、せめぎ合いがあるというか。「伝統」ということについても、「江戸時代からずっと続いているものを、自分がそのままやっても、それは伝統ではない」とおっしゃっていて、それは驚きましたね。「自分で新しいものを加えて、発展させていかなければ、それは伝統じゃないんだ」と。なるほどな、ミステリーもそうじゃなきゃいけないな、と思いましたね。刺激になりました。

――人間国宝や芸術家について取材して、それは作品の要素にはなっていますが、お話の筋としては、「東京に行った地方出身者が、地元で起こった事件の調査のために里帰りする」という展開になりました。それで、参考になりそうな地方都市に行こう、ということで沼田(ぬまた)市、川場村のあたりに行くことになったんですよね。「ちょっと田舎っぽくて、でも東京からそれほど遠くないところ」というイメージを話されていたと記憶していますが。

青柳 そうですね。北関東あたりかな、というイメージがあったのと、東京から一日で行き帰りできる距離感の設定だったので。二十代前半の頃、子供たちをキャンプに連れて行くようなNPO活動をしていて。小学校四年生くらいから中学生くらいの子供たちを班編成して、キャンプに引率していくんですけど、沼田市あたりのキャンプ場を使ったことがあったんです。畑があって、すぐ山になる立地が風景として記憶に残っていたのかな。整備された大通りがあって、そこにお店とか大きな建物が集中している印象でしたね。

――ここで暮らしているとしたら、若者はどこに働きに出るだろう、という話をしてましたよね。作中でもファッションセンターに勤める人物が出てきますが。

青柳 国道沿いに大きなショッピングセンターが並んでましたよね。作品に出てくる、まゆみって娘(こ)の勤務先は、地方によくある、二階建ての「しまむら」みたいなところをイメージしています。

――青柳さんご自身は千葉の出身で、いわゆる地方出身者ではありませんが、地元から離れて東京に出るような生き方に、何か思い入れはありますか?

青柳 僕自身にも、「千葉から、がんばって東京に出ていきたい」と思ってた時期はやっぱりあるんです。大学を卒業した後、千葉に戻って塾講師をしてたころ、実家でこのまま暮らしていきたいとは思えませんでしたからね。ただ、自分の出身地あたりを舞台にすると、ちょっと中途半端で、ピンとこないような気がして。もっと田舎出身の設定の方がわかりやすいように思いました。とはいえ、東京からあまり離れすぎると、また話が変わっちゃうんですよ。たとえば福井とか、それくらい離れると、今度は逆にその地方の特色とか良さも描かなきゃいけないような気がするんです。いや、「いけない」わけじゃないですけど。今回書きたいと思ってることからは、ずれちゃう。

――「東京からそれほど遠くないけど田舎」という感じなんでしょうか。

青柳 そうですね。僕は自分の経験や思いをそのまま書きたいんじゃなくて、想像の幅を拡げて書くのが好きだから、そういう意味でも、北関東の、自分とは直接関係のない場所が、イメージとしてよかったんだと思います。

――青柳さんは「講談社Birth」というノンジャンルの新人レーベル出身ですが、ミステリーに対するこだわりはあるのでしょうか?

青柳 謎があって解くという物語の構造は意識します。ただ、最近は特殊能力とか魔法……超能力とか変な設定をミステリーに絡めるというのがたぶん@流行(はや)ってて、僕も好きなので、自分だったらどう作品化するかを考えることが多いです。だから、今作も特殊設定がある作品になりました。

――ミステリーの仕掛けと、特殊能力などの設定、アイディアとしてはどっちが先なんですか?

青柳 今作については「ミステリーにしよう」と思って考えはじめたのが最初ですね。あと、これは作品作りとしていいのかはわからないんですが、まず書き出しを考えたんですよ。誰だったかが、「書き出しがうまく決まれば、その作品は最後まで書ける」って言っていて。今回は、それを強く意識したように思います。文化庁の取材ではアイディアが固まりきらなくて、どうしようかな、と思ったんですが、「ミステリーにしたい」っていうのは考えていて。主人公は女の人がよくて、相棒が男の人で、なんとなく寂しい感じがするストーリーで、でもコミカルな要素もあって、そんななかで事件が起きて解決するような話にしようと思ったんです。で、主人公の家族がかかわる事件にすれば、寂しい哀しい感じが出るんじゃないか、と。相棒の青年も哀しいキャラクターにしたいと思っていて、彼の持っている特殊能力は、彼が今までにいろいろと哀しい人たちの記憶を見てきたであろうことが想像できるようなものです。それから、腹話術人形が出てくるんですが、これも主人公が忘れて置き去りにしたものの象徴です。それも、作品の雰囲気に合わせて、当たり前のものじゃなくて、不気味な人形にしたかったんですよ。

――登場人物の背景など、消化しきれていない秘密があるように思うのですが、続編の構想があるのでしょうか?

青柳 はい。書きたいと思っています。続編では、東京を舞台にしようかなと考えています。この作品は、不思議な読み味のミステリーにしたいと思って書きました。その読み味を楽しんでもらえれば。

青柳碧人
(あおやぎ・あいと)
1980年千葉県生まれ。早稲田大学教育学部卒。
2009年、『浜村渚の計算ノート』で、講談社の公募企画「Birth」の第3回受賞者に選ばれ、デビュー。
近著に、『綾志別町役場妖怪課 すべては雪の夜のこと』『浜村渚の計算ノート8さつめ 虚数じかけの夏みかん』『上手な犬の壊しかた 玩具都市弁護士』などがある。

光文社 小説宝石
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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