『死の島』 小池真理子著

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死の島

『死の島』

著者
小池 真理子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163908052
発売日
2018/03/09
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『死の島』 小池真理子著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

いかに生を終えるか

 「心身の不自由は進み、病苦は堪え難し。脳梗塞(こうそく)の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以(ゆえん)なり」

 19年前の評論家江藤淳の自殺は、深い覚悟を伴う「処決」という言葉とともに、多くの人に大きな衝撃を与えた。死は避けられない。ならば、いかにその時を迎えるか。生きている人間にとって永遠の課題である。

 澤登志夫は4年前に出版社を辞め、東京文芸アカデミー小説講座の講師となったが、まもなく癌(がん)が発覚した。ステージ4の腎細胞癌で骨にまで転移、69歳を機に引退する。その直後、かつての恋人、三枝貴美子の妹の訪問を受ける。

 膵臓(すいぞう)癌の貴美子は延命治療を拒み、在宅で従容として死に赴き、澤に一冊の本を渡すよう依頼した。『ベックリーン 死の島』と題した本には、「死の島」のカラー図版が入っていた。生き物の気配のない死の島に向かって、一艘(そう)の小舟がゆっくりと水面を進んでいる。舟には白い柩(ひつぎ)が載せられ、静寂に包まれた島の霊廟(れいびょう)に安置されようとしている。

 「死の島」に己の姿を重ね合わせようとする澤。48歳の時に離婚、一人娘はいるが、もう何年も会っていない。蛇蝎(だかつ)のごとく憎い相手を見る目で見られた記憶しかない。「一条の光」ともいうべきは、講座生の宮島樹里だ。筆舌に尽くしがたい体験を「抹殺」という小説にまとめた樹里は澤を深く尊敬、澤の力になりたいと思う。樹里は澤にとって、哀れな最期を迎える男への「神の特別の温情」だったのだろう。

 三島由紀夫、川端康成、江藤淳らの死に「自らを決した」というしかない「自決」の姿を見る澤は、決して樹里を巻き込んではいけないと自らに課しながら、密(ひそか)に計画を立てる。これ以上の種明かしは御法度である。読み終わり、自分だったらどうするかと改めて自らに問うとともに、死に臨んで最も大切に思う人への配慮に満ちていることに、深い安堵(あんど)を感じた。

 ◇こいけ・まりこ=1952年東京都生まれ。作家。代表作に『恋』『虹の彼方』『無花果の森』ほか。

 文芸春秋 1700円

読売新聞
2018年4月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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