『シリアの秘密図書館』 デルフィーヌ・ミヌーイ著

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10
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シリアの秘密図書館

『シリアの秘密図書館』

著者
デルフィーヌ・ミヌーイ [著]/藤田真利子 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784488003876
発売日
2018/02/28
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『シリアの秘密図書館』 デルフィーヌ・ミヌーイ著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

包囲下の町で本を読む

 内戦の混迷と悲劇が止(とど)まるところを知らない中東シリア。政府軍に包囲された町ダラヤで、図書館をゼロから作り上げた若者たちの記録である。打ち続くテロと戦乱のなか図書館の本や貴重な古文書を守り通した人たちの記録はいくつか出ているが、本書が類書とちょっと違うのは、戦火の町の図書館を包囲下の読者がこぞって利用する光景を活写しているところだ。文化財としての本ではなく、戦時下にありながらあくまで日常の読書のための本の物語である。

 政府軍の攻撃によって破壊された町、残骸に埋もれた本を若者たちが回収する。やがて一万五千冊の本が「レーダーも砲弾も届かない地下の空間」に集められ、ここが包囲された町の公共図書館となる。包囲下の市民や兵士が戦火の下で次々と本を手に取るが、遂(つい)に町は政府軍に屈する。強制退去となった若者のひとりはやがてクルマで巡回図書館を始める。

 独軍包囲下のレニングラード、飢餓に苛(さいな)まれながら市民はトルストイ『戦争と平和』を読み続けた、米軍は戦地の兵士たちに大量の本を供給した、そんな記録がある。戦争ではないが、阪神・淡路大震災下の神戸でも東日本大震災下の東北でも、人々は営業を再開した本屋さんに詰めかけた。強制収容所でも刑務所でも人は本を読む。極限状態で人はなぜ本を求めるのか。

 おそらく本には著者だけではない作り手や送り手のさまざまな思いが籠もっている。その思いが、紙の手触りやインクのにおいと共に五感を通じて読者の肉体に流れ込む。そこに読者の思いがまた重なって、一冊の本は完結する。モノとしての本は日本的にいえばそんな「言霊の器」なのではないか。ここではないどこかの「言霊」に触れたくてきっと極限状態にある人たちは本を手に取る。東日本大震災の被災地で本を編み続けて、これは実感である。ただ内戦の記録としてではなく、本と人をめぐる普遍的な物語が本書には確かにある。藤田真利子訳。

 ◇Delphine Minoui=1974年、フランス生まれ。中東問題を専門とする女性ジャーナリスト。

 東京創元社 1600円

読売新聞
2018年4月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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