『隠蔽人類』
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隠蔽種と隠蔽人類
[レビュアー] 鳥飼否宇(作家)
生物を分類する上で、「種」は不変的かつ根本的な単位です。分類学の最初期には、形態が種を規定する大きな要因と考えられていました。イヌとネコは種が違うので、形態も異なります。ところがイヌの中にも形態が異なる集団が存在します。プードルとゴールデンレトリバーは形態だけならば、大きく異なります。しかしこれは「品種」の違いであり、「種」としては同じ。学名でいえば、Canis lupus(カニス・ルパス)となります。Canis lupusはタイリクオオカミのことです。つまり分類学上は、シベリアのタイリクオオカミもお座敷のチワワも同じ種ということになります。見かけが違うのに同種か別種かをどう見分けるのか。そのときよく使われるのが生殖可能性です。交配して子孫を残すことができれば同種、子孫ができなければ別種というわけです。品種が違っても、イヌは子孫を残すことができます。ヒトという種も形態だけで見れば異なる集団がいます。これは「人種」の違いとされています。コーカソイド(いわゆる白色人種)とモンゴロイド(いわゆる黄色人種)の間には子孫が残せます。同じHomo sapiens(ホモ・サピエンス)という種だからです。遺伝子の研究が進み、人種間の変異よりも人種内の変異のほうが大きいことがわかってきました。種を考えるとき、形態だけではなく遺伝子も重要な要素だということです。いろんな生物の遺伝子を調べると、さらにおもしろい発見がありました。昆虫や爬虫類の中に形態的にはほとんど区別はつかないながら、遺伝子は大きく異なる集団が見つかったのです。遺伝子が違うので、生殖隔離は進んでいます。明らかに別種なのに、見分けがつかない。これを「隠蔽種」と呼びます。もし、ヒトにも隠蔽種がいたとしたら、この世はどうなるでしょう? 拙著『隠蔽人類』ではそんなことを夢想してみました。案外あなたのすぐそばに隠蔽人類はいるのかもしれません。ただ、見分けがつかないだけで。