『ウェンディのあやまち』
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凄惨な事件が起きる前に
[レビュアー] 美輪和音(作家)
テレビドラマの脚本を書いていた時、断食道場に体験取材させてもらったことがある。
食を断たれて真っ先に考えたのが、「断食が終わったら、なにを食べよう?」だった。食べられない状況に置かれると、人は食べ物のことばかり考えてしまうらしい。夜には激しい空腹感に襲われ、それを紛らわせようと点けたテレビからは寿司や菓子など、飢えた心と体を弄ぶようなCMがこれでもかと流れてくる。普段なら気にも留めないカップラーメンの映像に夢遊病者のように引き寄せられて生唾を飲み、食べたいものリストを作り妄想することでなんとか正気を保った。
たかだか二泊三日の断食(いや後半は回復食で徐々に体を戻していくので実際の断食はその半分の期間でしかなかった)でヘロヘロになっていた私に、スタッフの方が教えてくれた。水さえ飲めれば、食べなくても七日間は生きていられる、と。なるほど、不測の事態に陥ったとしても、それを知っていればパニックにならずに済んで、生き延びられる確率は高まるだろう。けれど七日経っても飢餓状態が解消されず、それがもっとずっと長く続いたとしたら――。
ゴミが堆(うずたか)く積まれたアパートの一室で、幼い姉弟は一か月もの間、帰ってこない親を待ちわび、食べ物を求めて魔法の杖を振り続けた。
『ウェンディのあやまち』は、そんな幼児置き去り餓死事件にまつわる三人の女たちの物語だ。そして、大人になりきれない大人たちの中で、大人にならざるを得なかった子供たちの物語でもある。
健康のためにお金を払って断食をする人たちがいる一方で、この飽食の国で餓死する人たちがいる。私たちのすぐそばで今、飢えによる凄惨な事態が進行しつつあるかもしれない。
悲しい事件が起きる前に、気づくことができたなら――。
そんな思いも込めてこの小説を書いた。