渕書店 BOOKSTORE FUCHI「偏愛ゆえにでいい。「草間彌生は、凄い。」と言いたい。」【書店員レビュー】

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偏愛ゆえにでいい。「草間彌生は、凄い。」と言いたい。

[レビュアー] 渕書店 BOOKSTORE FUCHI(書店員)

今や、自身の美術館すら持つ日本屈指のアーティスト草間彌生。彼女は幼い頃より目の前に常時ドット(水玉)が見えるという強迫に苛まれ続けた。そして、それを克服するため創作へと向かう。本書は、そんな草間氏における、ニューヨークでの活動と名声を伝えるもので、作品、本人の写真、フライヤー、批評記事、当時を回顧する本人のコメント、文章などを収めるコンパクトなもの。時は、美術界のメジャーシーンがパリからニューヨークへと移る節目。戦後の暗い世相もあり、閉ざされた少女時代を過ごした彼女の胸にあったのは、遠い世界に住む人々との、作品を通じての心の交流への渇望であった。アメリカの有名女性画家との文通を機にして、取り分け保守的だった家柄で猛反対する母親を8年に渡り説得して出国。年齢28。ファンなら喜ばないはずはない貴重な一冊だと思うが、作品は知れど、若き草間氏の写真を見るのは初めてという読者は、今のクールさとは別な、タイトなかっこよさに打たれると思う。寝ても冷めてもアトリエで、「網目」「水玉」を無限に描いていたために、気づかぬうちにキャンバスからはみ出し、家具や床、壁、そして自分の体にまでそれを描いてしまう。創作過程では、幾度も救急車に載せられ、病院から「また、あなたですか?」とあきれられたという。そして、面白いのは、彼女の個展に遊びにきたウォーホールが、「ワーオ、ヤヨイ、これ、なーに?」「素晴らしい」と叫び、数年後シルクスクリーンで刷ったポスターを、天井や壁一面にびっしりと貼って埋める作品を発表したくだり。ウォーホールの作品作法の一つである「常同反復」がどこから出てきたのか考えさせられる(草間氏は「(ウォーホールによる)真似だった」と語るが)。やがて表現は、時代に拮抗する政治色やタブーの解放という色合いを帯び、当時のニューヨークでブームとなった「ハプニング」でアメリカ社会における存在を決定的とするのだが、日本ではスキャンダラスなものとしてしか受け入れられない。まさに芸術家としての人生しかありえないだろうと思わせる草間氏の若き日の「生の格闘」の刻印。表紙に写る少女の面影を残す草間氏はなんらかの眩しいものに負けじと一点を見つめている。その先に今の草間彌生があるというわけか?しかし、本書は2011年に刊行されたにも関わらず未だ初刷のみ。つまり、日本ではまだまだ草間彌生はゲテモノ扱いなのである。

トーハン e-hon
2018年4月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

トーハン

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