【自著を語る】七十八歳。幼き日の夢叶う!――齋藤利江『三丁目写真館 ~昭和30年代の人・物・暮らし~』

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三丁目写真館~昭和30年代の人・物・暮らし~

『三丁目写真館~昭和30年代の人・物・暮らし~』

著者
齊藤 利江 [著]
出版社
小学館
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784093886048
発売日
2018/02/23
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

七十八歳。幼き日の夢叶う!

[レビュアー] 齋藤利江(写真家)

齋藤利江
齋藤利江

 カメラ好きの父の影響で、私も中高生の頃から暇さえあれば写真を撮り、将来は写真家を夢見るようになりました。しかし高校二年の夏、父が突然の病に倒れて、家業の織物販売の仕事は廃業に追いやられ、写真家への夢も進学も諦めざるを得ませんでした。色々考えた末に二十歳の時の結婚を機に桐生市で好きな写真に関わって暮らそうと、四坪ほどの小さなカメラ店を開業しました。仕事との葛藤、再発を繰り返す父の看病、決して穏やかではないものの、二人の可愛い娘にも恵まれ、家族全員で助け合いながら幸せを掴むことができました。

 しかし、父が他界し、ぽっかりと心に大きな穴が空いてしまいました。その後も娘たちの結婚、母の病、次女夫婦の海外移住、孫の誕生、三十五年間連れ添った夫との離婚と慌ただしい日々に。

 認知症の母の介護に明け暮れていた矢先、長女家族も海外に移住。さらに商売の面でも困難が重なり、信頼していた社員の独立など五十代半ばの私に予期せぬことばかりが続きました。

 全てを捨てて楽になろうと思ったことさえありました。それを思いとどまらせてくれたのは、私の存在さえも認識できなくなった母の、まるで私の心の痛みが分かっているかのような優しい笑顔と、しっかりと握りしめる手の温もりでした。

 そして自分が、還暦を迎えた日。忙しさに紛れ、手をつけていなかった父の遺品を整理し始めると、泉屋のクッキーの缶を発見しました。驚いた事に、ズッシリと重い缶の中には写真家になるのを反対した父に捨てられたと思っていた、私が撮った写真のネガフィルムが入っていたのです。その、ネガカバーのひとつひとつに父の達筆な文字で丁寧に撮影の日付やデータが書かれ、大切に保管されていました。

 驚きと嬉しさと有り難さに胸が熱くなり、涙が止まりませんでした。四十年ぶりのネガとの再会はあたかも父からの誕生日の贈り物のようで、

「利江! 頑張れ!」

 と父の声が聞こえたような気がしました。

 涙と共に体の中から不思議な感覚が湧き上がりました。

 写真家になるのを反対しながらもネガを大切に保管してくれていた父の心、影になり日向になり、私を支えてくれた母の心が痛いほど伝わってきました。

 発見したネガを見て「私には写真家になる夢があった!」と再び心に刻み、この日から再び生きる勇気と希望を取り戻すことができたのです。

 再発見したこの昭和三十年代の写真で、人生初めての個展を開催し、老いた母にも見せることができました。

 この第一回の写真展を機に、銀座と大阪のニコンサロンでの写真展の開催、NHKへの出演やら講演会などまるで写真が一人歩きを始めたかのようでした。

 そして平成十九年。最愛の母が他界し、その失意の時に西岸良平氏の『ビッグコミック オリジナル』連載の人気コミック「三丁目の夕日」シリーズと合わせた写真コラムの連載のお話をいただきました。写真を選び、思い出を文章に綴るにつれ昭和三十年代にタイムスリップして元気をいただけました。

 お陰様で母亡き後にも一人暮らしの寂しさもなく、歳をとることも忘れてしまうほどの忙しい日々を過ごさせていただいておりますが、喜寿を過ぎた今でも夢を持ち続けることのできることに感謝の言葉しかありません。

 写真コラムの連載も満十年を迎え、この度完全保存版として、写文集『三丁目写真館』を上梓させていただきました。編集に際して、外国に嫁いだ二人の娘達も海を越えて英語翻訳を協力してくれました。幸せなことに思いもかけずに親子一体となっての発刊となり、まだ夢を見ているような心境です。この写文集で、少なからず私の夢が叶ったような気がしております。

 幼い時から「人の心をホッと笑顔にする写真を撮ろう!」という想いで、私は被写体に出会うたび真剣に撮影してきました。

 これからも沢山の笑顔に出会えますように心から願っています。

小学館 本の窓
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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