『刑事の血筋』
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黄鬼
[レビュアー] 三羽省吾(小説家)
警察官だった父のことが、ずっと苦手だった。
三十年近く前に亡くなったのに、未だに十代の頃に言われた言葉を思い出しムカっと来る。同じ警察官舎で育った同級生の中には跡を継いだ者もいるらしいが、気が知れないとすら思う。
そういうこともあり、小説を書くようになった後も“警察モノ”だけは書くまいと決意していた。積極的に読んでこなかったジャンルということもあるが、苦手だった父に死後まで面倒を見られているような気がしたからだ。
それが幸か不幸かデビュー以来、各出版社から依頼はあるもののまったくヒットに恵まれないという状況もあり“警察モノ”を引き受けることとなった。自慢ではないが、僕の決意は軟式だ。
地方都市の所轄署員は部署を跳び越えた応援要請がしょっちゅうあるらしく、盗犯係所属だった父は全国的に超有名なオヤブンの取り調べに同席し「あいつぁ男じゃ。ある意味、尊敬するわ」と言ったり、夕食時に「このおばちゃん知っとるか?」と遺体の写真を食卓に置いたこともあった。
かように仕事熱心(?)な我が父は、僕のことが歯痒くてしょうがなかったのだと思う。
十代の頃、僕は映画と音楽に夢中で、元来の勉強嫌いもあってまったく父の希望するような息子にはなれなかった。そして、顔を合わせれば「なんの為に生きとるんか」などと罵倒されていた。
飢えることはなかったし、私立高校へも行かせてもらったし、暴力もあの当時なら常識の範疇だったと思う。けれど僕は今でも、あれは少しずつ心を壊されていった期間だと思っている。
齢五十になろうかという男が何を言っているのだと自分でも思うものの、偽らざる本心だ。この感覚は、生涯変わることはないだろう。そう思っていた。
だが、さすがは軟式の決意を持つ男。本作を書いている過程で、父に対する思いに変化があった。
父(部分的には母)を通じて知った警察内部のことを描きつつ、所詮は公務員であるはずの警察官が、日常的にどんなヒト・モノ・コトと対峙しているのか、そしてそれがどれほど行住坐臥にテンションを維持しなければ勤まらない仕事か、ほんの少し垣間見えた。
生活のすべてを事件解決に傾け、疲れ果てて家に帰ると、音楽ばかり聴いて自分とろくに喋ろうとしない次男坊がいる。そりゃ、罵倒したくもなる。
僕自身は決して不良ではなかったが、ツルんでいる仲間(父曰く「人間がメゲとる」奴ら)や読んでいる本、バイト先の環境、これらを照らし合わせて、父は自分が仕事上で関わっているヒト・モノ・コトに次男坊が近付いていることを察し、心配したのかもしれない。
父の死後、より明確に危ういヒト・モノ・コトと接することもあったが、これまで大きく道を過たなかったのは、父のあの罵倒があったからかもしれない。
本作を校了した時、ふと、そんなことを思った。
担当編集Iさんには感謝しても仕切れない。だが同時に「なんてものを書かせてくれたんだ」という思いも小さくはない。
父の晩年、まだ現役警察官だったものの病気療養をしていた頃のこと。車の運転が難しくなった父の為に、免許取り立ての僕はたまに運転手をやらされていた。
ある日、何かの用事で岡山駅近くを通り掛かった時、父が「ちょっと待っとれ」と駅構内に入り、どチンピラの首根っこを掴んで交番に連れて行くところを目撃した。
肝臓と腎臓をやられ、手足はむくみ、黄土色の顔をしながらも、いち警察官として見過ごせない場面に遭遇したのだと思う。
行住坐臥、常在戦場、オールタイムデカ。死期が近いことを悟りながらも、そこは揺るがない。鬼のような形相の父を見て、そう思った。
自分には絶対に無理だ。跡は継げない。
幼い頃から漠然と警察官にはなりたくないと思っていたが、はっきりと決意した瞬間だった。
そしてこの決意だけは、幸か不幸か硬式だった。