「実在の犯罪者小説」3冊 「悪女」ほか

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  • 我が名は切り裂きジャック(上)
  • チャイルド44 上
  • 悪女

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妖しい魅力を放つ実在の犯罪者小説

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 ミステリは犯罪を扱うジャンルであるゆえに、実在の犯罪者を題材にした小説も多い。最も著名なのはヴィクトリア朝時代に五人もの女性を殺害した“切り裂きジャック”を取り上げた作品群だ。アクション小説の大家であるスティーヴン・ハンター『我が名は切り裂きジャック』(公手成幸訳、上下巻、扶桑社ミステリー)でこの殺人鬼の謎に挑むなど、古今東西あらゆる作家が好奇心を刺激され、未解決の猟奇犯罪に新解釈を唱えている。

 映画化されたトム・ロブ・スミス『チャイルド44』(田口俊樹訳、上下巻、新潮文庫)は、旧ソ連で幼い子どもが犠牲になった“チカチーロ事件”に着想を得た作品だ。全体主義に抗い信念を貫こうとする捜査官の矜持を描く、力強い警察小説であった。

 今回ご紹介するマルク・パストル『悪女』(白川貴子訳)に登場する実在の犯罪者は、エンリケタという名の女性だ。二十世紀初頭のバルセロナで幼い子どもが姿を消す事件が続発し、街では子どもをさらって貪る化け物の仕業ではないかという噂が流れていた。この子どもの失踪事件を起こした犯人こそ、〈ラバルの吸血女〉、〈バルセロナのバンパイア〉、〈ポネン街の吸血鬼〉と呼ばれたエンリケタだったのだ。

 本書の肝は何といっても語りのユニークさにある。語り手は“黒衣の天使”や“死の御使い”と呼称されるもの、つまり死神のような全知の存在なのだ。「私はあらゆるものになり代わり、どこにでも出没できる」と語る通り、作中の“私”は自由闊達に動き回り、エンリケタをはじめ、失踪事件を担当する刑事たちなど様々な人々の視点から稀代の犯罪者の物語を紡いでいく。残虐でおぞましい描写に震えながらも、語りの遊びに惹きこまれてしまうのが実に不思議。

 本書は綿密な調査を元に、史実にかなり忠実に描かれているとのことだが、単なるノンフィクション小説の枠を越え、ゴシックロマンめいた妖しい魅力を放っている。犯罪実話に基づく小説に新たな道を切り開いた異色作だ。

新潮社 週刊新潮
2018年4月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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