『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』 黒崎真著

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『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』 黒崎真著

[レビュアー] 坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

 「非暴力」の抵抗運動を主導して、人種間の平等を勝ちとった公民権運動の父、キング牧師。だがキングは生まれながらにして非暴力の人だったわけではない。激しい運動のなか、身の危険にさらされていた彼は、自衛用の拳銃を置いていたし、武装した護衛がいた。だがあるときガンディー主義者から「非暴力」の精髄を教わり、それを自分の核に据える。

 非暴力は、洗練された「戦術」である。殴ってきた相手を殴り返したら、相手はさらに躊躇(ちゅうちょ)なく殴り返してくる。だから殴り返さない。代わりにワークショップで頭部を保護する訓練や、罵倒されてもやり返さない訓練をする。また、非暴力だと、暴力を嫌う者でも参加できるから、大衆運動になりやすい。そうなると社会は問題を無視できなくなる。

 ただし運動の指導者は、非暴力を、たんに「戦術」とするのみならず、「生き方」とせねばならない。どれだけ酷(ひど)い目に遭おうとも、キングが暴力で反撃しようものなら、大衆たちは非暴力の根拠を失ってしまうだろう。キリスト的な受難の役割を、彼は引き受ける。

 多くの犠牲者を出しながらも、激闘のすえ、非暴力運動は一定の勝利をおさめる。1964年、人種間の差別を禁ずる公民権法が制定され、キングはノーベル平和賞を受けた。だが平等が進展しても、著しい経済格差は残ったままである。「貧困のないアメリカ」を夢見るキングは、その後、貧困の根絶に向けて力を注ぐ。こうした諸活動はあまり知られていないが、オバマはそれにも注目した唯一の歴代大統領だと著者は指摘する。悪戦苦闘を続ける68年、キングはライフルで狙撃され、生涯をとじた。このとき39歳であった。

 この本の筆致は、抑制的である。著者はただ、丁寧に対象を描くことに集中している。だからページのいたる所から、キングの情熱が、溢(あふ)れんばかりに伝わってくる。音階と躍動に満ちた演説のくだりは、力強い音楽を聴いているかのようだ。

 ◇くろさき・まこと=1971年生まれ。神田外語大教授(米国史)。著書に『アメリカ黒人とキリスト教』など。

 岩波新書 820円

読売新聞
2018年4月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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